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なじょしてる通信 №218

№218 2011年11月27日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部一
℡(当面)26-5002  携帯 090 2993 1471


仮設住宅の改善要望 特別委員会で実施予定
 先日、南相馬市議会東日本大震災及び原発事故対策調査特別委員会では、本市民が入居するすべての応急仮設住宅での懇談会を実施しました。
 その中で出された入居者の切実な要望内容をとりまとめ、議長名で福島県と市長に要望していくことになっています。

福島県への 応急仮設住宅に関する緊急要望
1 住環境の改善について
 ① ひさしや雨どいを設置すること。
 ② 防寒対策(二重ガラス化や結露、隙間風対策)をすること。
 ③ 物置を設置すること。
 ④ 風呂に手すり、玄関にスロープを設置すること。
 ⑤ 皮膚に異常をきたしている方が多いので、原因を調査し対策を講じること。
 ⑥ シャワーに温度調節装置を設置すること。
 ⑦ 風呂の追い炊き機能を追加すること。
 ⑧ 暖房対応の便座にできるよう改善すること。
 ⑨ 台所の料理台が狭いので改善すること。
 ⑩ 玄関前にチャイムを設置すること。
 ⑪ 脱衣所に間仕切りを設置すること。
 ⑫ 仮設住宅敷地内の雨天時の浸水対策をすること。
 ⑬ 道路からの進入路の舗装をすること。
 ⑭ 汚水の臭い対策をすること。
 ⑮ 本市の前田団地仮設住宅及び定住促進仮設住宅への生活支援(暖房器具の支給プロパンガス補助等)を他の  仮設住宅と同等にすること。
2 安全対策について
 ① 現地を確認し、必要な箇所に街灯を設置すること。
 ② 消火器を設置すること。
 以上は、11月29日頃に県庁に出向いて要望する予定です。

南相馬市長への緊急要望
1 応急仮設住宅に関すること
 ① 実質的に入居していない住宅があるため、実態の確認をし、改善すること。
 ② 仮設住宅単位に線量計を配布すること。
 ③ 運動施設を設置すること(パークゴルフ、ゲートボール等)。
 ④ ひとり暮らしの方への対応を充実させること(サロン、見守り等)。
 ⑤ 子供の通学のため、原町区の仮設住宅への転居を認めること。
2 危険区域の設定に関すること
 ① 従前宅地と移転宅地を同価格になるよう調整されたい(面積の違いはあっても)
 ② 移転先については、早期に方針を定めること。
 ③ 津波被災者だけでなく、警戒区域の避難者も含めて移転対象となるよう検討すること。
3 警戒区域に関すること
 ① 一時立ち入りの回数を増やすこと。
 ② 警戒区域の解除に向けて、除染やライフラインの復旧を急ぐこと。
 ③ 雑草、ごみ、野生化家畜被害の対策をすること。
 ④ 土壌調査を含む詳細なモニタリングを実施し、公表すること。
4 義援金に関すること
 ① 市に寄せられた義援金の配分・使途の報告をすること。

浪江・小高原発建設中止と県内原発廃炉を求める決議を準備中
 1973年の小高町議会での「浪江・小高原発誘致決議」は、現在の南相馬市にも引き継がれ、「生きている」事になっています。
 南相馬市議会東日本大震災及び原発事故対策調査特別委員会では、この決議の取り扱いについて協議を続けてきました。
 11月22日の特別委員会で協議が整い、12月議会に「浪江・小高原発建設中止、県内全原発の廃炉を求める決議(案)」を、全議員総意で提案することになりました。

12月議会の日程は
 12月定例議会の日程は、以下の予定になっています。
 例年ですと整理予算と、緊急を要する予算だけになります。しかし、今年の12月議会は震災・原発事故関連の対策と、遅れていた前年度の決算審査があり、盛りだくさんになるものと思います。
  5日 本会議(議案の提出及び説明)
  8日 本会議(一般質問)
  9日 本会議(一般質問)
12日 本会議(一般質問)
 13日 本会議(議案質疑、委員会付託)
 14日 各常任委員会【一は建設経済】
 15日 決算審査特別委員会
 16日 決算審査特別委員会
 22日 本会議(委員長報告、質疑討論、表決)

なじょどがしたい宮田川海口閘門②
1時間近くかけて、宮田川河口:海口閘門に着いた。
閘門上部にあった操作建屋は、アルミとステンレスで作られていたはずだが、全てが破壊されており、そこには存在していない。閘門を開閉するギアだけがむき出しで残っている。モーターで開閉させるための操作盤・配電盤のほとんども無い。むしりとられた配線だけがある。

 海口閘門は、ぴしゃりと閉ざされている。川の水位と海面水位との水位差は、明確には判断できないが、1mや2mではない。
 津波での海水が抜けないどころか、宮田川の上流から流れてくる川水が、海への行き場所を失って、津波水と一緒になって内水面の水位を上昇させているのだ。

 津波の直撃をまぬがれた地帯も、ひたひたと水が襲ってきている。
この地帯の被害は、原発で避難を強制されたために海口閘門を開ける時間も、対応策をとることも許されなかったことが原因している。津波被害ではなく、原発事故被害であることを断言できる。

 このままでは、行方不明者の捜索は完全に阻まれている。

 海口閘門がどうなっているかは分かった。これを開ける対策は、戻ってから検討することにした。
河口以外から海へ水が抜ける所がないかどうか、抜けている所がないかどうか探る必要がある。北福浦の村上の水は、集落北側の堤防が破壊されている所から津波水が抜けている。
宮田川水系は、どうなのか。

 海岸堤防の上を徒歩で南下し、調査することにした。
 スタート直後は、堤防の陸側に車が一台程度通れる部分が残っており、難なく歩くことができた。
 堤防の最上部にある波返しが破壊されているだけのところも、進むのは容易であった。

 ほどなく、波返ししか残っていない堤防が続いている。海側は湾曲した高さ5mほどの堤防の下、陸側は破壊・流失して何もなくなり津波で残された水。その水面までは4~5m?
 波返しの上の幅は50㎝。ここを進むしかない。
 幅50㎝のコンクリートの上を立ったまま歩むことができたのは、10m足らずだった。足がすくんでしまった。四つん這いで進むことになった。

 四つん這いのまま立ち止まり、西を見ると浦に戻っている井田川とその背景の阿武隈山系、東は穏やかな太平洋・・・・・船の姿は全くない。
 四つん這いの私、周りには誰もいない・・・・。弱い西風、風の乱れは少ない・・・・でも、「ここでおっこちたら俺はどうなんだべ。」と、ふと思った。
ここにいることは、誰も知らない。原発から10.5㎞。

 ともあれ、進んだ。
堤防が破られている所はなかった。引き波で、津波被害者が海に持っていかれることはなかっただろう。でも、水は増える一方になる。
 喜んで良いのか、悲しんでよいのか。複雑な心境で、また四つん這いで戻った。

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なじょしてる通信 №217

№217 2011年11月20日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部一
℡(当面)26-5002  携帯 090 2993 1471


市・県民税 課税の経過は 
 市・県民税の課税問題については、「なじょしてる通信№206、207、210」で伝えました。
 11月8日付で「税額決定通知書」が届き、多くの市民から疑問が寄せられています。そこで、あらためてその経過をお伝えします。

8月23日臨時議会で
 議員修正案「警戒区域の税免除」可決
 市長から提案された「被災者に対する市民税等の減免条例制定」の個人市民税は、
 ・死亡・行方不明 ⇒ 10割減免
 ・2011年所得が7割以下になった場合で
   ⇒10年の所得300万円以下で10割減免
      〃  300~400万円で8割減免
      〃  400~550万円で6割減免
      〃  550~750万円で4割減免
      〃  750~1千万円で2割減免
 ・住宅の全壊・大規模半壊 ⇒ 10割減免
        〃  半壊 ⇒ 5割減免

 この原案に対して、議員から修正案(提案者:渡部寛一)が提出されました。
 修正案は、原案に『警戒区域の世帯全員の市民税の全額を免除する。』を加えるものです。強制避難で住むべき家を奪われ、市からの十分なサービスが得られない等が、主な理由です。

 採決の結果、13対9の賛成多数で修正案が可決されました。
 ◎ 修正に賛成 ⇒ 渡部一、荒木千恵子、今村、志賀、中川、湊、土田、田中一正、大山、鈴木、横山、
         西 一信、細田
 × 修正に反対 ⇒ 小林、竹野、水井、小川、山田、田中京子、奥村、野、西 銑治

 8月30日臨時議会で
 警戒区域市民税免除を再議で否決
 警戒区域を全額免除する条例は、市長は異議があるとして30日に再度臨時議会を召集し、再議に付されました。 再議は、前代未聞です。

 賛否は23日同様の13対9となりました。
 再議の場合、全額免除可決には3分の2(16人)の同意を要することになっており、否決になってしまいました。

別途 修正案を提出
 否決された直後「市民の辛苦に対して、生活を支える具体的施策を示すこと。」「特に低所得者層に手を差し伸べること。」を示すべきであるとして、別の新修正案【提出者:渡部一、今村 裕、志賀稔宗】が提出されました。
 ・新修正案の内容
 2011年所得が7割以下になった場合で
  ⇒10年の所得400万円以下で10割減免
     〃  400~550万円で6割減免
     〃  550~750万円で4割減免
     〃  750~1千万円で2割減免
と、するものです。全市民が該当します。

 採決の結果、15対7の賛成多数で新修正案は可決されました。
 ◎ 新修正に賛成 ⇒ 渡部一、荒木千恵子、今村、志賀、中川、湊、土田、田中一正、大山、鈴木、横山、
          山田、野、西 一信、細田
 × 新修正に反対 ⇒ 小林、竹野、水井、小川、田中京子、奥村、西 銑治
 。これが最終決定内容となり、11月8日付けで税額決定通知書が送られています。

しかし、その後の調整もあったが 
 9月8日に、福島県から個人市民税減免基準が示されました。
 双葉郡内ではこの基準で足並みを揃えました。
  ⇒10年の所得500万円以下で10割減免
     〃  500~750万円で5割減免
     〃  750~1千万円で2.5割減免
  ※南相馬市が決めたような、前年所得から7割以下の所得になった場合だけ適用する規定はありません。
  ※警戒区域、避難準備区域等のものに適用。

それでも南相馬市では
 県が示した減免基準の方が、はるかに減免が多く、震災と原発に苦しんでいる住民にとって有利になるものです。
 一方、市民税の減免によって市町村の税収は減ることになります。
 しかし、減収分については「歳入欠陥債(借金)」が認められており、この返済時には75%が国で補填をすることになっています。
 南相馬市が県の基準に合わせ、さらに全市内を対象にして議会で決めれば、今よりも増える元利償還額は、
  来年から3年後まで    252万円/年
  4年後から15年後まで 1,882万円/年
だけです。

南相馬市は変更しない!
 南相馬市も双葉地方町村のようにすべきではと、多くの議員から提言されました。
 執行部は、これまでの経過もあることから、「全会一致で決められるようであれば県基準で再提案もあり」の意向もありました。
 しかし、会派では改革クラブだけ(プラス若干の無会派議員)が「借金を後世に残してしまう。」等として、再提案に難色を示しました。再提案はありませんでした。
  ※改革クラブ ⇒ 竹野光雄、小林正幸、小川尚一、田中京子、西 銑治

なじょどがしたい宮田川海口閘門
 3月13日、20㎞圏内避難指示は出ていたものの、小高区内全体の状況をみて回った。しかし、車でのことであり、ガレキがない範囲に限ってであった。

 耳谷と上蛯沢の水田がある北谷地(6号国道東側で、宮田川の北側)は、津波の直撃はまぬがれていた。宮田川の堤防が、まさに津波の堤防になってくれたのだ。JAのカントリーエレベーターも根本修二さんの園芸ハウス群も、そっくり無事だった。低地である水田も無事。

 しかし、水がひたひたと広がり、そして水位が徐々に上がってきている。

 6号線から下流の北谷地と南谷地は、宮田川の河床地下を横断するサイフォン式水路でつながっている。通常では、排水のために北谷地の水が南に向かって流れる構造だ。
 サイフォン水路からどんどんと津波海水が北谷地に逆流しているのだ。

 このままでは、せっかく津波被害からまぬがれた地域の農地も、カントリーエレベーターも根本さんのハウスも、そして多くの住宅も水浸しになってしまう。
 なによりも、多くの方が津波にさらわれており、安否が分からなくなっている。捜索ができない。まだ生きている人もいるのではないか・・・・。

 宮田川が川として機能していれば、津波水が増えるはずは無い。しかし、津波直後の水位より、その後徐々に水位は上がっているのだ。川として機能していないのだ。

 全ての人が小高区から避難させられており、現地での対策は許されなかった。現場がどうなっているかも分からない。
 でも、私は直感していた。海口閘門が閉ざされていると。
 宮田川は、井田川干拓地を貫く天井(てんじょう)河川(かせん)(川の外側の地形よりも河床が高い河川)である。海水が河川を逆流しないように、潮位や河川水の流量に応じて、海口を開閉操作している海口閘門がある。

 津波での海水逆流を防ぐために、地震直後に閘門を閉めた。
津波に襲われ後、閘門を開ける間もなく、避難を強制させられている。

 私は、3月14日には「海口閘門を開けること。」「大型ポンプを国などから手配して、強制排水をすること。」を強く提言していた。その後、何度も提言したが・・・・。
 しかし、現場がどうなっているのか。海口閘門はどの程度閉ざされているのか。開閉する操作機能はどうなっているのか。
 まず、誰かが現場を確認することが必要だ。

 前置きが長くなってしまいました。
 正確な記録がありません。3月20日以後であったと思います。
 私は、単独での現場確認を決意した。小高区役所長に「どこに」とは言わず、「行ってくる。」とだけ告げて区役所を出た。

 人っ子一人いない小高区。ガレキを避けながらも車で進むことができたのは、下蛯沢公会堂のちょっと先まで。
 車を乗り捨て、徒歩でガレキを乗り越え、水で進めないところは山際の薮をかき分け、なぎ倒されている防潮松をくぐりながら、宮田川の海口閘門を目指した。その距離は約1㎞。

なじょしてる通信 №216

№216 2011年11月13日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部一
℡(当面)26-5002  携帯 090 2993 1471


インフルエンザ予防接種支援事業を実施に
 大震災被災者に対して日本ユニセフ協会からの支援が得られることから、インフルエンザ予防接種料金の一部を支援することが決まった。
・ 対象者:南相馬市に住所を有する生後6ヶ月~中学3年生相当年齢の者
・ 実施期間:10月1日~来年1月31日
・ 接種助成額:2,000円/回(13歳未満は2回接種となるため、4,000円)。
 ※ 接種料金は健康保険外であるため医療機関によって異なり、1,000~3,600円/回程度とのこと。3,000円程度  の料金が多いようだ。
・ 予防接種実施機関と支払方法
  ⇒県内医療機関:2,000円/回を差引いた金額を医療機関で支払う。
  ⇒県外医療機関:料金の全額を医療機関で支払い、2,000円/回を南相馬市に請求する。
 以上は、11月9日付けで市長が専決処分をしたものです。
 11月8日に開かれた議会全員協議会に事前報告があり、異論はありませんでした。
  ※ 専決処分⇒議会を召集する暇が無いときに、市長が代わって決めてしまうこと。

臨時議会30億円を補正
 11月4日に臨時議会が開かれました。
 一般会計補正予算などの議案4件、報告1件が審議され、全て原案通り可決されました。
 一般会計補正予算は、大震災と原発事故関連の第7次補正予算、及び9月21日の台風15号被害の災害復旧対応などの予算です。
 補正額29億8,556万円を追加し、歳入歳出総額は498億9,468万円になりました。

主な補正予算は
・私立保育施設等環境改善補助 131万円
  高圧洗浄機やエアコン設置の1/2補助

・仮設住宅へ暖房器具支給 3億1,511万円
  電気ストーブ、電気カーペット、電気毛

布、電気コタツを3,001戸分
・民間住宅修理補助 2,600万円
  半壊以上住宅修理代52万円/戸以内

・放射線被曝検診事業 1,555万円
  ホールボディカウンター検査の追加

・危険家屋・ガレキ処理 19億7,400万円
  家屋の基礎を含むガレキ処理経費

・危険体育施設処理 7,190万円
  鹿島体育館及び牛島体育館の解体工事


・大震災復旧事業等 3億4,339万円
  ため池、用排水路、農地、農道、林道等

・台風15号災害復旧等 775万円
  農地、農業用施設、林道など

・児童クラブ・センター環境改善 425万円
  児童クラブ4ヶ所、児童センター3ヶ所にエアコンを設置

民間借上げにも暖房器具を
 暖房器具の支給は、応急仮設住宅に限っています。民間借上げ住宅や定住促進住宅に避難している世帯への支給はありません。
 仮設住宅は寒冷地仕様になっていないからという、国・県の基準によるものです。
 臨時議会では、私を含めた多くの議員から「民間借上げ住宅でも暖房は必至であり、支給すべく国に要求すること。」等の強い意見が噴出しました。

一の一般質問⑤
 私の一般質問は、9月13日に行いました。内容の要旨の続きの続きの続きの続きです。

震災・原発事故からの当面の救済策は
全ての住民にかかわって
全世帯に線量計の配布を
【質問】 次に、7万市民全てにかかわっての当面する問題の質問をする。
 この地に戻ってきた市民はもとより、避難し続けている市民も、放射能に脅え続けている。
 自らが、どのようにさらされているかを、正確に知る権利がある。
 警戒区域の住民の全てに線量計を支給すべきであることを先ほど求めたが、警戒区域の外の全市民にも支給・配布すべきだ。少なくとも当面、全ての世帯に支給すべきです。
【答弁】現在は困難な状況にある。しかし、市民の安全確保のため、順次全世帯へ配布するよう検討する。

タクシーのデマンド交通実施を
【質問】 交通弱者対策をどうするか。
 仮設住宅からのバスの運行、スーパーマーケットの送迎バス、食品・雑貨などの配達販売などの対応がとられ、歓迎をされている。
 しかし、仮設住宅はもとより、民間借り上げ住宅に住む交通弱者、震災前から同じ地に住む交通弱者を含めて、現在の対応では十分とは言えない。
 玄関から玄関までつなぐことのできる交通対策、小高区で大きな経験をつんでいる「いいまちタクシー」がある。
 この経験を生かして、タクシーを使ったデマンド交通システムを早急に立ち上げ、実施すべきだ。
【答弁】 実施の考えは無い。シャトルバスで対応していく。
【再質問】 困難性を前においた考えだ。弱者への対応という基本が無い。小高いいまちタクシーの利点が研究されていない。ダダワラシ的食わず嫌いだ。
 本質を見誤らない姿勢での実現を強く期待する。
《以下、次号に続く》

なじょどがしたい 3月18日?②
 3月17日だったのか、18日か、19日だったのか、これも正確な記録と記憶が無い。

 40人家族になっている会津若松市のチイ子さんの実家は、まだまだ雪の中にあった。
 居間を含めた10部屋全てで暖房しての生活を強いられていた。灯油が手に入らず、不安を増してきていた。

 記録では3月18日になって入るが、いずれ相前後する日に私は、暖房用灯油20リットル缶10本を会津まで運んでいる。

 ガソリンスタンドがほとんど機能していない。
 鹿島区に住む高校で同じクラスだった只野孝一君は、電話をしたら避難していた。只野君宅のホームタンクに入っている灯油をいただく承諾を得た。
 只野君が避難先から戻ったときの事を考え、タンクを空っぽにするわけにはいかない。最低でも30リットル程度は残しておくべきだと思ってはいた・・・・が。

 20リットル缶10本目を入れている時は、ホームタンクの残量メーターは、まだ半分程度残っていた。
 10本目がほぼ満タンになったころ、突然に灯油が出なくなってしまった。メーターはまだ半分程度残っていることになっている。
 ホームタンクの側面を、拳でドンドンとたたいた直後、メーターは残量ゼロ位置にストンと落ちてしまった。

 夕方5時30分に南相馬市を出発し、チイ子さんの実家に。翌朝7時には南相馬市に戻っていた。
 只野孝一君には、まだ灯油代支払いも御礼もしていない。ごめんなさい。

なじょしてる通信 №215

№215 2011年11月 6日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部一
℡(当面)26-5002  携帯 090 2993 1471


警戒区域等解除対応策
   ロードマップを策定

 南相馬市は、警戒区域・計画的避難区域の解除後に向けての、復旧や除染の具体的対応策を明らかにしました。 当面、来年3月までの取り組み目標を設定しています。

 主な内容は、次のようになっています。
・ 学校、区役所、病院、道路、住宅地等の除染にかかる国との協議 ⇒ 1~3月
・ 災害廃棄物の仮置き場の設置と集積 ⇒ 12~3月
・ 倒壊家屋等の調査 ⇒ 10~3月
・ 農地除染活動 ⇒ 1~3月
・ 農地除塩復旧活動 ⇒ 1~3月
・ 農地、ため池、農道、用排水路、堰、排水機場等の調査・復旧作業 ⇒ 10~3月
・ 土壌、農業用水、農作物放射線分析 ⇒ 10~3月
・ 水道施設の現況調査、放射線計測、被災状況調査 ⇒ 10~12月
・ 水道施設の復旧 ⇒ 1~3月すぎ
・ 下水道施設の調査と復旧⇒ 10~3月すぎ

※ この対応策は警戒区域解除後にスムーズに復旧・除染を進めていくためのものであり、警戒区域等の解除の時 期を言うものではありません。
  原発再爆発の可能性がまだゼロではありませんので、解除の時期も定かではありません。

一の一般質問④
 私の一般質問は、9月13日に行いました。内容の要旨の続きの続きの続きです。

戻れることを確信できる警戒区域の復旧・復興計画を
放射能汚染からの復旧は
放射能除染対策は
【質問】 これらの除染対策をきちんと示しておくべきです。
 原因者である東京電力と、国の責任で除染すること。今から国と東電は警戒区域の除染をすることを強く求めるべきだ。
【答弁】 警戒区域解除前からモニタリングを含めて、国に対して確実に実施するよう求めていく。

線量計を全員に配布せよ
【質問】 警戒区域の住民が、自らの地に戻るためには、自らできちんと確認し、納得することが必要だ。そのためには、現在の避難地の生活時から、どれだけの放射線を浴びているのかを知っておく必要があります。
 警戒区域になってしまっている全ての住民に、空間線量計及び線量積算計を今すぐに支給・配布することが必要だ。もちろん費用は、国、東電に求めるべきだ。
【答弁】 最低でも世帯毎に配布する措置を要請していく。
 積算線量計は妊婦と高校生以下に10月からの配布実施を準備している。
【質問】 警戒区域の方は家族がバラバラで避難している。警戒区域の市民には全員に配布支給すべきだ。

住民の心の復旧は
確信を持って戻れることを伝えよ【質問】 住民の心の復旧が何よりも必要だ。
 これまでの質問事項の内容を示すこと、警戒区域のあまねく住民に伝え、住民が戻れることを確信することが必要だ。ここに力を注いでいかなければなりません。答弁は求めない。

警戒区域住民が集える場を
質問】 そのためには、今から、早い時期から警戒区域の全住民が、一堂に集える機会をつくることが大切だ。スタートは行政主導でやっていくしかない。
【答弁】 広範囲に避難しており、困難だ。優先的に利用できる集会所の手配をしているところだ。

《以下、次号に続く》

なじょどがしたい 3月18日?  3月17日だったのか、18日か、19日だったのか正確な記録と記憶が無い。
 小高区村上の岡和田さんから、志賀正良・ヨシイさん夫婦の安否確認要請が再三にわたって小高区役所にあった。
 小高からは、みんな追い出されている。警察による検問が行なわれており、やすやすとは入れない。線量もよく分からない。

 自衛隊が捜索に協力してくれることが決まった。
 地震・津波後の村上までのルートをよく理解し、集落の1戸ごとの建物の配置を理解し、家族構成も知っている案内人・リーダーが必要である。
 私は、すぐに志願した。

 この歳になって、自衛隊の車に乗るとは思いもよらなかった。2台の迷彩色の車に、自衛隊員8人が分乗。プラス私。
 旧国道から小高市街地へ。大井からの道路は、ガレキを避けながら走行。塚原から浜街道を南に。
 村上との境の橋は、段差が激しく、ここで車はストップ。ここからは徒歩で行くしかない。

 橋から見る村上方向は、多くが水の中。道路も見えない。
 ガレキを避け、なぎ倒されている防潮松をまたぎながら、くぐりながら進まざるを得ない。小高川の南側の堤防を、村上の北にある湛水防除施設(ポンプ場)を目指す。湛水防除施設は激しく破壊され、復旧は難しいとも判断できる。
 ポンプのある場所と水門の橋の間は、1.5mの亀裂がある。自衛隊員に助けられながら、亀裂を乗り越える。

 海岸の近くは全て流されており、ガレキ・流木の類は無い。村上の北にあるお墓の石碑はほとんど流されているが、土台の一部が残っているところもあり、お墓のあったところだと特定できる。
 住宅の土台だけは残っているところが多く、誰の家だったと推測しながら進む。

 志賀さんの家は舘山の南側。平坦地を進むには舘山の西側を迂回する必要があるが、瓦礫の山で無理だと判断した。
 館山北側の最東端、海からそり立っている崖に沿って館山に登る道を選んだ。館山の上にあった貴布根神社は、地震で倒壊していた。倒壊した神社は、館山に避難して一夜を過ごした村上住民の、暖をとる燃料として最後の役割を果たしてくれた。

 南側東端に下りてから、まっすぐ志賀さんの家に向かったが、途中からガレキを乗り越えるしかなかった。


 少しだけ高い位置にある、正良さん・ヨシイさんが暮らしていた隠居屋は、柱の多くがなぎ倒され、屋根が落ちていた。
 くまなく探したが、誰もいない。母屋は一階部分が津波でぶち抜かれていたが、階段は残っていた。私の一存で、自衛隊員に土足のままで良いから、2階を捜索することを指示。いない。
 大破しているものの本来の位置にとどまった西内文夫さん宅、横山良一さんのはなれ、牛渡博行さん宅も捜したが、いない。
 津波の直撃だけは免れた西川さんの家にも、誰もいませんでした。

 それ以上の捜索を断念して戻ることにした。
 
 村上南側の捜索途中、志賀さん宅前の道路上のガレキの隙間で、男性と思われる遺体を1体、本来の位置から少し西に移動して大きく破壊されている村田渉さんの家の端で、性別不明の遺体1体、帰路途中の村上北側で1体を発見した。
 遺体の確認は警察の仕事であり、触れることは自衛隊員も禁止されていた。現場で拾ったビニールなどで旗を作って、発見場所に目印を付け、両手を合わせるのが精一杯・・・・・・。

 小高川の橋まで戻った私はタバコに火を点け、煙とともに複雑な思いを吐き出した。

 少し年配の自衛隊員が「渡部さん、自衛隊の車の中でタバコをすっても良いですよ。」といってくれた。「でも、みなさんに迷惑がかかるので。」と断って、車外で吸い続けた。
 また、「車の中でタバコは良いですよ。」と言う。「いや。」と断る。
 またまた、「車でどうぞ。」と言う。これ以上断っては申し訳ないと思い、タバコを消して車に乗り込んだ。

 ドアを閉めたとたん、自衛隊車は急発進。猛スピードで市役所まで戻った。
 村上まで行く時は、ガレキを避けながらとはいえ、慎重すぎるほどののろのろ運転で進んで行ったのが信じられないスピードだった。

 私がタバコを吸っている間、隊員の皆さんは忸怩たる思いで待っていたのかと、反省?・・・・。

 いつ、また爆発するのか分からない20㎞圏内。
 線量の公表が無いまま、線量計も無いままの作戦決行だったのだ。
プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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