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なじょしてる通信 №341

№341 2014年 7月27日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

7月23日 臨時議会
 工事請負契約・防災集団移転元買取り
全7議案を可決
 23日に臨時議会が開かれ、工事請負契約議案2件、財産の取得議案5件が全会一致で可決されました。

◎ 工事請負契約の締結
【サービスエリア利活用拠点施設建設建築主体工事】
 ・施工場所 ⇒鹿島区浮田地内
 ・工期 ⇒2015年3月31日まで
 ・契約相手方 ⇒㈱中里工務店
 ・契約金額 ⇒ 4億8,114万円
 ※ 制限付き一般競争入札、応札者数1社、落札率99.98%

【大町(南地区)災害公営住宅建設建築主体工事】
 ・施工場所 ⇒原町区大町二丁目地内
 ・工期 ⇒2016年1月29日まで
 ・契約相手方 ⇒関場建設㈱
 ・契約金額 ⇒ 5億9,940万円
 ※ 制限付き一般競争入札、応札者数1社、落札率99.96%

◎ 財産の取得
【防災集団移転地の土地取得(北右田)】の2件の議案
 ・取得する土地 ⇒ 鹿島区北右田など 合計 27,025㎡
 ・取得金額 ⇒ 合計 5,076万円

【防災集団移転地の土地取得(北萱浜)】の2件の議案
 ・取得する土地 ⇒ 原町区萱浜など合計 38,169㎡
 ・取得金額 ⇒ 合計 8,496万円

【防災集団移転地の土地取得(萱浜)】の1件の議案
 ・取得する土地 ⇒ 原町区萱浜など合計 9,177㎡
 ・取得金額 ⇒ 合計 2,648万円

6月議会での
寬一の一般質問③
 私の一般質問は、6月17日に行いました。内容の要旨の続きの続きです。
 
 即時原発ゼロと原発事故防災の徹底
ⅱ 判決の画期的意義を市民に伝え、原発ゼロへの確信を持たせるべし。その上で市長は原発ゼロの先頭に立て

※先週号の【質問】の続きです。
【質問】 要点を言いますと、今回の裁判で被告の関西電力は、基準地震動を揺れの勢いを示す加速度の単位で700ガルとして、1.8倍の1,260ガルまで耐えられ、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来することは、まず考えられないと主張しました。
 これに対して判決は、日本で「記録された既往最大の震度は、2008年岩手宮城内陸地震だ。」などの事実を挙げて反論しました。
 この判決は、「原発『安全神話』に対する、司法による峻烈な断罪の判決であります。

 4点目は、コスト優先を拒否したことです。
 判決は、「被告は原発の再稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の生存そのものにかかわる権利と、電気代の高い低いの問題とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないと考えている。」「このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失と言うべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが、国富の喪失であると当裁判所は考えている。」と、しています。
 要点を申し上げます。電力各社は、「出力100万kW級の原発1基が再稼働すれば、火力発電に比べて年間900億円程度のコスト低減につながる。」などとして、当面、11原発18基の早期再稼働を目指しています。判決は、「国民の安全よりもコストを優先する考え方」を、きっぱりと退けています。

 使用済み核燃料がとりわけ危険であり、かつ、使用済み核燃料プールが地震動に脆弱であることとも、判決は厳しく指摘しています。
 近藤俊介・原子力委員会委員長(当時)は福島第1原発直後、「最悪のシナリオ」として、同原発から半径250㎞圏内の避難を検討しました。1986年のチェルノブイリ原発事故の避難区域も同様の規模でした。
 これらを踏まえて福井地裁判決は、250㎞圏が「直ちに過大であると判断することはできない」と指摘。大飯原発から250㎞県内に居住する原告は、同原発の運転によって「直接的に人格権が侵害される。」と結論づけました。
 全国の原発立地点から250㎞圏を地図で示しますと、北海道の一部と沖縄県を除いて日本列島がすっぽりと入ってしまいます。
   
 福島県民、南相馬市民は、原発はもうこりごりだと心の底から思っています。「原発ゼロ」を実現したいと思っています。「原発ゼロ」の実現のために、市民が確信をもって「原発はゼロに」を強く主張できるようにしていくべきです。

 そこに勇気と確信を与えてくれたのが、福井地裁の判決です。大飯原発再稼働差し止め判決の画期的意義を市民にもわかりやすく伝え、市民全員が「原発ゼロ」に確信を持っていただくようにすべきと考えます。
 市長は、その先頭に立って奮闘することを強く期待いたします。
 市長。いかがですか。

高名の木登り?
 先週、チイ子さんの姪:千恵ちゃんの結婚式が埼玉県であり、出席してきました。久々の結婚式で緊張していたはずが、お開き直前に礼服を汚してしまいました。んまぐ汚れがおぢっぺが・・・。


なじょしようもなかった 
         なじょどがしたい

コラム集 ⑦

なじょどがしたい 3月18日?
 3月17日だったのか、18日か、19日だったのか正確な記録と記憶が無い

 小高区村上の岡和田さんから、志賀正良・ヨシイさん夫婦の安否確認要請が再三にわたって本庁内小高区役所にあった。小高からは、みんな追い出されている。警察による検問が行なわれており、やすやすとは入れない。線量もよく分からない。

 自衛隊が捜索に協力してくれることが決まった。
 地震・津波後の村上までのルートをよく理解し、集落の1戸ごとの建物の配置を理解し、家族構成も知っている案内人・リーダーが必要である。
 私は、すぐに志願した。

 この歳になって、自衛隊の車に乗るとは思いもよらなかった。2台の迷彩色の車に、自衛隊員8人が分乗。プラス私。
旧国道から小高市街地へ。大井からの道路は、ガレキを避けながら走行。塚原から浜街道を南に。
村上との境の橋は、段差が激しく、ここで車はストップ。ここからは徒歩で行くしかない。

 橋から見る村上方向は、多くが水の中。道路も見えない。
 ガレキを避け、なぎ倒されている防潮松をまたぎながら、くぐりながら進まざるを得ない。小高川の南側の堤防を、村上の北にある湛水防除施設(ポンプ場)を目指す。湛水防除施設は激しく破壊され、復旧は難しいとも判断できる。
 ポンプのある場所と水門の橋の間は、1.5mの亀裂がある。自衛隊員に助けられながら、亀裂を乗り越える。

 海岸の近くは全て流されており、ガレキ・流木の類は無い。村上の北にあるお墓の石碑はほとんど流されているが、土台の一部が残っているところもあり、お墓のあったところだと特定できる。
 住宅の土台だけは残っているところが多く、これは○○さんの家だったと推測しながら進む。
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なじょしてる通信 №340

№340 2014年 7月20日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

相馬地方広域市町村圏組合では
看護師国家試験 高い合格
 組合で運営している相馬看護専門学校では、今年3月の卒業生は40名でした。「看護師国家試験」に38名が合格しました。
 合格率は95%になります。全国平均の合格率は89.6%でしたから、相馬看学はこれまで同様、優秀です。

厳しかった教育環境
 特に、今年の卒業生は大震災・原発事故直後に入学した方々です。
 事故原発から決して遠くない学校。公的交通機関は不通や乗り継ぎを強いられ、通学に苦慮。遠くなってしまった実習のための病院。
 様々な困難を乗り越えて学び、国家試験に挑戦された皆さんに、心から拍手を送ります。そして、学生を支えた教員・スタッフ等の皆さんに感謝します。

昨年のコメ汚染原因判明
国も東電も隠し続けたが
 一昨年以上に昨年の米には放射性物質が多く含まれた問題。原因はいろいろと言われてきましたが、いずれも特定できたものではありませんでした。
 7月14日付朝日新聞報道で、原因ははっきりしました。「昨年8月19日、第一原発3号機の大型ガレキの撤去の際、ガレキ下敷きの高線量粉塵が飛散した」ものでした。
 3号機はプルサーマル運転で、特に毒性の強いプルトニウムが多い燃料でした。
 農水省は「今年3月に東電に再発防止を要請。」、東電は「どこまで飛散したかわからない。」と。とんでもありません。農水省も東電も分かっていて、南相馬市や農家に知らせなかったのです。

稲穂にだけ付いたのではない
 飛散した放射性物質は、稲穂にだけ狙って付着することなどありません。広い大地に、野菜に、人体に付着・吸収されています。
 東電は、より高線量のガレキが残る1号機建屋カバーを近く解体する方針だ。

6月議会での
寬一の一般質問②
 私の一般質問は、6月17日に行いました。内容の要旨の続きです。

  即時原発ゼロと原発事故防災の徹底を
ⅱ 判決の画期的意義を市民に伝え、原発ゼロへの確信を持たせるべし。その上で市長は原発ゼロの先頭に立て。

【質問】 福井地裁判決の結果を受けて、政府与党関係者は「脱原発のうねりは、裁判所までも変えたのか。」と漏らしています。
 一方この判決は、多くの南相馬市民や福島県民のみならず、原発ゼロを目指す人には、希望と勇気を与えています。
 関西電力大飯原発3、4号機の再稼働差し止めを命じた福井地裁判決は、4点にわたり画期的意義を持っています。
 
 1点目は、「人格権が最優先」になっていることです。
 判決では「個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権である。人格権は憲法上の権利、憲法13条、25条の権利であり、わが国の法制化ではこれを超える価値を他に見出すことはできない。
 生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差し止めを請求できる。」としていること。
 要点を言えば、今回の判決のキーワードは「人格権」としていることです。判決は、人格権が人命を基礎とし、日本の法制上で最優先されると述べています。「国民の命とくらしを守ること以上に大切なことはない。」と言う立場に立って、再稼働ストップの判定を下したと言うことです。
 
 2点目は、「本質的に危険だ」としていることです。
 判決は、「原発技術の危険性の本質、及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分明らかになった。原発では、いったん発生した事故は時の経過に従って拡大していくという性質を持つ。このことは、運転停止によって被害拡大の要因の多くが除去される他の技術と異なる、原発に内在する本質的な危険だ。」と、しています。
 私どもは「原発には他の技術にない『異質の危険』がある。ひとたび事故が起きれば、被害は時間的にも空間的にも際限なく広がる。」と、主張してまいりました。
 私ども、日本共産党と同じ論理が、司法によって下されたのは大変に重要であります。
 
 3点目は、安全神話を断罪したことです。
 判決は、「全国で20か所にも満たない原発(ここで言う原発は立地箇所です。)20か所にも満たない原発のうち、4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が、2005年以後10年足らずの間に到来している。(原発の想定地震動を超える地震は、2005年8月16日の宮城県沖地震での女川原発、2007年3月25日の能登半島地震での志賀原発、同年7月16日の新潟県中越沖地震での柏崎刈羽原発、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震での福島第1原発と女川原発です。)」

 「この地震大国日本で、基準地震動、想定される最大の地震の揺れを超える地震が大飯原発に到来しないというのは、根拠のない楽観的見通しにしか過ぎない。その上、基準地震動に満たない地震によっても、冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険と言う領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。この様な施設のあり方は、原発が有する本質的な危険性についてあまりにも楽観的と言わざるを得ない。」と、しています。

※ 先週号「なじょしてる通信№339」で『ATR』とあるのはすべて間違いで、正しくは『ADR』でした。ごめんなさい。

綿は夜開かない
 プランターに1本だけ綿を植えてあり、本葉6葉目が展開するところです。暑い日でもしおれない強さを持っていますが、夜になると葉を下側に丸めてしまいます。面白い植物です。
 一年で最も暑い時期を迎えます。皆さんお体を大事にしてください。避難中に死ぬことなど絶対にないように。

なじょしようもなかった 
         なじょどがしたい

コラム集 ⑥

なじょどがしたい 3月16日 の続き
 青田酒店の駐車場に、坂本さんの軽乗用車は確かにあった。でも、鍵がかかっている。
 なんどもなんども携帯電話をかけるが、つながらない。15分後、つながった。もう坂本さんは、危険物資格証コピーのファックス受信を、会津若松市役所湊支所で待っているという。車のキーは、会津にあるという。

 青田酒店の周辺を物色したところ、鉄骨でできたへんてこな枠を見つけた。軽乗用車の一番小さな窓ガラスを枠で打ったが、なかなか割れないものだ。3度目に割れた。分厚い資格証等の束の中
から危険物取り扱い者証が見つかった。
 市役所に戻り、すぐにファックス送信。経済部長に報告。その際、軽乗用車の窓ガラスを割ったことも報告した。修理代は自腹を覚悟していたので、修理代のことは口に出さなかったのだか、部長から「市で修理代を持ちます。」と、返事が返ってきた。

 私も応援して、各ガソリンスタンドにガソリンを入れ終わったのは、深夜11時過ぎ。雪がちらつく寒い中での作業で、身体は冷え切っている。無事に任務を終えた坂本さんを、会津若松市に送っていかなければならない。
八木沢峠の手前まで行った時に、市長公室から電話が入った。タンクローリー車の運転手を郡山市まで送っていって欲しいというもの。運転手たちは夏タイヤを承知の上、命がけで雪道の八木沢峠を降りてきていた。彼らは、空荷になったローリー車とは言え八木沢峠を登るのは無理だと判断していた。私は市役所に引き返した。

 郡山市までの車中で、運転手の皆さんからいろいろと話しを伺った。ある方は南相馬市に行くということで、家族と水盃を交わしてきたという。けん引運転免許は持っていたが、けん引車を実際に運転したのは始めてだった方は、八木沢峠で・・・・・。
 彼らの強い使命感に、心から敬意を表する。

 会津若松に着いたのは、午前3時近く。居間のコタツに足を突っ込んで、多くの人が寝ていた。坂本さんと私は、何とか隙間を見つけて眠りに付いた。

 17日に、無料でガソリンを入れた車は、5,000台。

なじょしてる通信 №339

№339 2014年 7月13日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

相馬地方広域市町村圏組合では
 相馬地方広域市町村圏組合は、相馬地方4市町村で構成し、消防や相馬看護学校等の運営をしています。
 現在の管理者は南相馬市長が務め、相馬市長、新地町長、飯舘村長が副管理者になっています。各市町村から代表の議員が12人選出されており、議会も構成されています。南相馬市選出の議員は、渡部寛一、竹野、湊、中川、西 銑治の各議員です。
 7月4日の広域議会での一部を紹介します。

原発事故賠償 ADR和解に
 組合では、3.11から2013年3月末までの消防職員の特殊勤務手当や線量計購入等、看護学校の実習指導経費の増や入学試験手数料の減収などの損害賠償金として、3,030万円を原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)に和解仲介申し立てをしていました。
 ADRは、2,965万円(請求額の97.5%)
の和解案を示しました。東京電力が和解案受諾の意思を示したことから、組合でもこれで和解したいとして、議会に諮られました。
 議会では質疑応答の後、全会一致で和解に同意しました。

ADR和解 全県で初めて
 この和解は、福島県及び県内市町村等の一般会会計では初めてのADR和解であり、注目すべきものと言えます。

消防救助大会 3部門で優勝
 6月25日に開かれた「第37回福島県消防救助技術大会」に、当組合消防本部から6種目22名が出場しています。
 「ロープ応用登はん」で佐藤弘隆消防副士長(亘理町出身)・佐藤貴洋消防副士長(原町区出身)のチームが、「ロープブリッジ渡過」で草野隆洸消防副士長(飯舘村出身)が第1位になりました。
 3人は、8月27日に開かれる全国大会に、福島県を代表して出場することになります。
 市民にとって頼もしい限りです。

6月議会での
寬一の一般質問➀
 私の一般質問は、6月17日に行いました。内容の要旨は、以下の通りです。

  即時原発ゼロと原発事故防災の徹底を
ⅰ 大飯原発再稼働差し止め判決と安倍政権・電力会社の対応への市長の評価は

【質問】 筆舌にはあらわせない市民の苦しみを、私たちは経験し、見てまいりました。
 私は「全議員が力を合わせて市民の命とくらしを守る市議会」にしていくことに力を尽くして参ります。
 これらを実現していくためには、「原発ゼロ」が大前提になることは、当然です。

 5月21日の福井地方裁判所による関西電力大飯原発の再稼働差し止め判決は、「原発ゼロ」を願う南相馬市民に、そして福島県民に大きな希望と勇気を与える画期的判決となった。
福井地裁は、原発が抱える根本的な危険を、司法が敢然と認めたからです。
 この判決に対して安倍政権と電力会社の対応は、市民の期待を大きく裏切るものとなっている。
 官房長官はその日の内の記者会見で、「原子力規制委員会の安全審査を経た原発を再稼働させる政府方針は、全く変わらない。」と述べ、その上で、「安全を客観的に判断してもらったうえで再稼働することは正しい。」と強調した。
 裁判所や住民が何と言おうと、安倍政権は原発利権のためには、有無を言わせないという姿勢だ。
 関西電力は、判決が出た翌日22日に、運転差し止め判決を不服として名古屋高裁金沢支部に控訴している。その上、同社の八木誠社長は27日、控訴審判決が出る前でも、原子力規制委員会の適合審査合格などの条件が整えば、大飯原発を再稼働する方針を明らかにしている。

 安倍政権も関西電力も、判決を重く受け止めるどころか、判決を無視し、司法判断に挑戦する姿勢です。
市長は、脱原発を掲げる市長として、福井地裁の大飯原発再稼働差し止め判決と、これに対する安倍政権と関西電力の対応をどのように受け止めておられるか。

【答弁:市長】 大飯原発の安全性が確保されていないと福井地裁が判断したものであり、原発事故を経験している我々にとってすばらしい判決である。
 政府は、安全性が確保された原発を再稼働させる方針を示しているが、第一原発事故そのものが収束していない現状況下では原発再稼働には反対の立場をとっていく。

【再質問】 関西電力の対応については。

【答弁:市長】 自分たちの利益を優先するだけではなく、住民の安全を十分に担保しなければならない。
 再稼働には反対していく。


防犯・治安を言うだけではなく
 先週の事。中国地方から動員されてきた除染作業員が、帰省旅費が無いため市役所に救援を求めてきました。法律に基づいて旅費を支給できることになっているが、旅費は隣の福祉事務所等まであり、具体的には相馬駅までの切符だけ。作業員が共産党ボランティアセンターの所在を聞いたことから、私が対応することになった。
 腰痛がひどいために就労していなかったのに「楽な仕事だから大丈夫だ。」と、半ば強引に片道の旅費(高速バスの切符)をあてがわれ、南相馬市の作業員宿舎まで来たという。腰痛のため、3日で首になった。
 人狩りの実態はどうなっているのか。除染、災害復旧、原発収束のために全国から集められている作業員の実態はほとんど知らされていない。大半の作業員はまじめな人間だ。被災地の復旧と原発事故対応を実質支えている人間だ。ここにも行政の陽を当てる必要があると願う。
 今週の「なじょしてる通信」。「何を書こうかな」と、独り言を言うと、「私の背中を掻いて。」とチイ子さん・・・・。ん・・・・・・。

なじょしようもなかった 
         なじょどがしたい
コラム集 ⑤

なじょどがしたい 3月16日
 塚原のMさんの家族が津波で行方不明。草加市に住むMさんの亡父の兄弟も捜索に来ていた。
 しかし、20㎞圏内の立ち入りもできず、ガソリンが無くて草加市に帰ることもできず、原町区内のホテルに身を寄せていた。
 ホテルに行って状況を聞いた私は、二本松市に住むJA職員の友達に電話をかけた。何とか2,000円分ガソリン券を譲ってもらうことが可能となった。Mさん一行は草加市に向かった。
後ほどMさんから連絡がありました。二本松のJAガソリンスタンドでは、Mさんが来るまで閉店せずに待っていてくれた。少し余ったのでと、ガソリン40リットルを入れてもらったとか。無事に草加市に到達できたとのこと。

 とにかく、ガソリンが無い。避難を呼びかけても、動きがとれない人がたくさんいる。
 国レベルでの対応で、26キロリットル?タンクローリー4台分のガソリンが手配できた。しかし、一難去って、また一難。東京から本市に向かったはずのローリー車は、郡山市のトラック団地でストップしていた。これ以上は1mも前に進まないという。

 「放射能汚染地区には、近づかない。」と東京からの運転手が主張。危険物取り扱いの資格者と、大型けん引免許を持ってる者が来れば、車ごじら渡すという。
 対策会議で市長が、「誰かいないか。」と叫ぶ。心当たりの市内有資格者は、すでに避難していて手配が付かない。
私は即刻「何とかなる。」と応えた。

 会津若松市のチイ子さんの実家に避難している小高区村上の坂本廣さんは、ありとあらゆる資格を持っている。坂本さんに何とか携帯電話がつながった。
 危険物取り扱いの資格も大型けん引免許もあるという。事情を話したところ、即、引き受けてくれた。そうこうするうちに、新たな運転手は田村市から手配ができた。しかし、危険物の資格者はいないという。やっぱり坂本さんの出番だ。
 さらに一難。坂本さんは避難するときに、家族と合流した原町区上北高平の青田酒店に車を置いてきており、その車に資格証が入っているという。

【「3月16日」は、字余りのため次号に続く】

なじょしてる通信 №340

№340 2014年 7月20日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

相馬地方広域市町村圏組合では②
看護師国家試験 高い合格
 組合で運営している相馬看護専門学校では、今年3月の卒業生は40名でした。「看護師国家試験」に38名が合格しました。
 合格率は95%になります。全国平均の合格率は89.6%でしたから、相馬看学はこれまで同様、優秀です。
厳しかった教育環境
 特に、今年の卒業生は大震災・原発事故直後に入学した方々です。
 事故原発から決して遠くない学校。公的交通機関は不通や乗り継ぎを強いられ、通学に苦慮。遠くなってしまった実習のための病院。
 様々な困難を乗り越えて学び、国家試験に挑戦された皆さんに、心から拍手を送ります。そして、学生を支えた教員・スタッフ等の皆さんに感謝します。

昨年のコメ汚染原因判明
  国も東電も隠し続けたが
 一昨年以上に昨年の米には放射性物質が多く含まれた問題。原因はいろいろと言われてきましたが、いずれも特定できたものではありませんでした。
 7月14日付朝日新聞報道で、原因ははっきりしました。「昨年8月19日、第一原発3号機の大型ガレキの撤去の際、ガレキ下敷きの高線量粉塵が飛散した」ものでした。
 3号機はプルサーマル運転で、特に毒性の強いプルトニウムが多い燃料でした。
 農水省は「今年3月に東電に再発防止を要請。」、東電は「どこまで飛散したかわからない。」と。とんでもありません。農水省も東電も分かっていて、南相馬市や農家に知らせなかったのです。
稲穂にだけ付いたのではない
 飛散した放射性物質は、稲穂にだけ狙って付着することなどありません。広い大地に、野菜に、人体に付着・吸収されています。
 東電は、より高線量のガレキが残る1号機建屋カバーを近く解体する方針だ。

6月議会での
寬一の一般質問②
 私の一般質問は、6月17日に行いました。内容の要旨の続きです。

  即時原発ゼロと原発事故防災の徹底を
ⅱ 判決の画期的意義を市民に伝え、原発ゼロへの確信を持たせるべし。その上で市長は原発ゼロの先頭に立て。

【質問】 福井地裁判決の結果を受けて、政府与党関係者は「脱原発のうねりは、裁判所までも変えたのか。」と漏らしています。
 一方この判決は、多くの南相馬市民や福島県民のみならず、原発ゼロを目指す人には、希望と勇気を与えています。
 関西電力大飯原発3、4号機の再稼働差し止めを命じた福井地裁判決は、4点にわたり画期的意義を持っています。
 1点目は、「人格権が最優先」になっていることです。
 判決では「個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権である。人格権は憲法上の権利、憲法13条、25条の権利であり、わが国の法制化ではこれを超える価値を他に見出すことはできない。
 生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差し止めを請求できる。」としていること。
 要点を言えば、今回の判決のキーワードは「人格権」としていることです。判決は、人格権が人命を基礎とし、日本の法制上で最優先されると述べています。「国民の命とくらしを守ること以上に大切なことはない。」と言う立場に立って、再稼働ストップの判定を下したと言うことです。

 2点目は、「本質的に危険だ」としていることです。
 判決は、「原発技術の危険性の本質、及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分明らかになった。原発では、いったん発生した事故は時の経過に従って拡大していくという性質を持つ。このことは、運転停止によって被害拡大の要因の多くが除去される他の技術と異なる、原発に内在する本質的な危険だ。」と、しています。
 私どもは「原発には他の技術にない『異質の危険』がある。ひとたび事故が起きれば、被害は時間的にも空間的にも際限なく広がる。」と、主張してまいりました。
 私ども、日本共産党と同じ論理が、司法によって下されたのは大変に重要であります。

 3点目は、安全神話を断罪したことです。
 判決は、「全国で20か所にも満たない原発(ここで言う原発は立地箇所です。)20か所にも満たない原発のうち、4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が、2005年以後10年足らずの間に到来している。(原発の想定地震動を超える地震は、2005年8月16日の宮城県沖地震での女川原発、2007年3月25日の能登半島地震での志賀原発、同年7月16日の新潟県中越沖地震での柏崎刈羽原発、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震での福島第1原発と女川原発です。)」
 「この地震大国日本で、基準地震動、想定される最大の地震の揺れを超える地震が大飯原発に到来しないというのは、根拠のない楽観的見通しにしか過ぎない。その上、基準地震動に満たない地震によっても、冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険と言う領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。この様な施設のあり方は、原発が有する本質的な危険性についてあまりにも楽観的と言わざるを得ない。」と、しています。

※ 先週号「なじょしてる通信№339」で『ATR』とあるのはすべて間違いで、正しくは『ADR』でした。ごめんなさい。

綿は夜開かない
 プランターに1本だけ綿を植えてあり、本葉6葉目が展開するところです。暑い日でもしおれない強さを持っていますが、夜になると葉を下側に丸めてしまいます。面白い植物です。
 一年で最も暑い時期を迎えます。皆さんお体を大事にしてください。避難中に死ぬことなど絶対にないように。

なじょしようもなかった 
         なじょどがしたい
コラム集 ⑥

なじょどがしたい 3月16日 の続き
 青田酒店の駐車場に、坂本さんの軽乗用車は確かにあった。でも、鍵がかかっている。
 なんどもなんども携帯電話をかけるが、つながらない。15分後、つながった。もう坂本さんは、危険物資格証コピーのファックス受信を、会津若松市役所湊支所で待っているという。車のキーは、会津にあるという。

 青田酒店の周辺を物色したところ、鉄骨でできたへんてこな枠を見つけた。軽乗用車の一番小さな窓ガラスを枠で打ったが、なかなか割れないものだ。3度目に割れた。分厚い資格証等の束の中
から危険物取り扱い者証が見つかった。
 市役所に戻り、すぐにファックス送信。経済部長に報告。その際、軽乗用車の窓ガラスを割ったことも報告した。修理代は自腹を覚悟していたので、修理代のことは口に出さなかったのだか、部長から「市で修理代を持ちます。」と、返事が返ってきた。

 私も応援して、各ガソリンスタンドにガソリンを入れ終わったのは、深夜11時過ぎ。雪がちらつく寒い中での作業で、身体は冷え切っている。無事に任務を終えた坂本さんを、会津若松市に送っていかなければならない。
 八木沢峠の手前まで行った時に、市長公室から電話が入った。タンクローリー車の運転手を郡山市まで送っていって欲しいというもの。運転手たちは夏タイヤを承知の上、命がけで雪道の八木沢峠を降りてきていた。彼らは、空荷になったローリー車とは言え八木沢峠を登るのは無理だと判断していた。私は市役所に引き返した。

 郡山市までの車中で、運転手の皆さんからいろいろと話しを伺った。ある方は南相馬市に行くということで、家族と水盃を交わしてきたという。けん引運転免許は持っていたが、けん引車を実際に運転したのは始めてだった方は、八木沢峠で・・・・・。
 彼らの強い使命感に、心から敬意を表する。

 会津若松に着いたのは、午前3時近く。居間のコタツに足を突っ込んで、多くの人が寝ていた。坂本さんと私は、何とか隙間を見つけて眠りに付いた。

 17日に、無料でガソリンを入れた車は、5,000台。

なじょしてる通信 №338

№338 2014年 7月 6日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

ジー・エム・ジーを相手に提
 6月議会最終日の25日に、ジー・エム・ジー㈱を相手とする「訴えの提起」追加議案が提案され、全会一致で可決されました。

 これは、南相馬市が福島地方裁判所に訴えるもので、訴えの趣旨は次の内容です。
土地売買契約に基づく南相馬市のジー㈱に対する土地の引き渡し債務が存在しないことを確認する事を求める。

ジー・エム・ジー 土地代金払わず
 一昨年に南相馬市が取得した下太田工業用地に、工場を立地することになっていたジー・エム・ジー㈱から、土地代金が払われていませんでした。
 この会社は太陽光発電機器を製造するとしており、36,000㎡・3億3千万円での売買契約を昨年3月に結んでいました。
 土地代金支払いの督促をしていましたが支払いがないため、今年3月に契約解除の通知をしています。
 ことはこれで済むはずですが、新たな相手先に土地を売買する際に、前契約が存在しないことを明白にするため、裁判所の「お墨付き」を求めるものです。

最大の犠牲者は就職内定者
 ジー・エム・ジー㈱には土地の移転登記をしていませんでしたので、企業誘致が遅れたという損害はあるものの、直接的な実害はありません。
 困ったのは、就職が内定していた方々です。
 「原発事故で復旧・復興が遅れている南相馬市に戻って働きたい」「原発に頼らない自然エネルギーの道を進む仕事がしたい」などと52人もの若い方々が、就職が内定していたのです。それまでの仕事を辞めてきた方もおりました。
 ジー社は、この方々に何の対応もしていません。

被災者に対する国民健康保険税と
  介護保険料減免条例の一部改正

議案再提出求めるも原案可決
 国保税と介護保険料は、昨年度も一昨年度も30㎞圏内と津波被災区域等は一律の全額減免でした。

 それが本年度は、国の基準が変わったことにそのまま従って、
・ 20~30㎞圏内の上位所得層を除く30㎞圏内・津波被災区域等は、全額減免
・ 20~30圏内の上位所得者は、半年分だけ減免
※ 国保税での上位所得層は、算定基準所得額の世帯合算額が600万円を超える世帯。

所得と30㎞圏外の差別やめよ!
 日本共産党市議団は、
① 1世帯で3人働いていればワーキングプアー並の1人200万円ずつで上位所得層に到達してしまう。とうてい上位所得  と言えないし、何よりも所得で被災者を差別してはならない。
② 30㎞圏外の津波等被災者減免の財源は、国保税で1/10、介護保険料で2/10を市が出すことになっている。津波等 被災の無い30㎞圏外市民も差別しないことを求めている南相馬市として、いずれ市が負担する分だけは、減免すべき  だ。
  いずれも、国と東電の分断策・差別策をそのまま持ち込むものである。として、原案に反対し議案を訂正しての再提出 を求めました。

採決の結果、原案通り可決されました。
原案に反対し再提出を求めた議員
➡ 渡部寛一、荒木千恵子、細田、西 一信

怒り! 通り越して 呆れ
 29日、小高東部地区対象の除染説明会に行ってきました。屋根、壁などは汚れのひどい所だけ、宅地に隣接する森林20m除染は平面図上の20mかの質問には明確に答えないまま。挙句の果てに、「2016年3月まで除染を終えるには、今までと同じことをやっていては間に合わない。」の答弁。何たることか。怒・怒・怒・・・・・・保。


なじょしようもなかった 
         なじょどがしたい
コラム集 ④

なじょどがしたい 3月14日
 3月14日午前6時、小高区役所ロビー床から起床。下着を替えたく自宅に向かう。途中の道にも、自宅も無人。
 宮田川の海口閘門が閉じられままと見られる。津波直後よりも水位が上がってきている。

 午前7時から小高区役所で「区役所撤収」の打ち合わせ。議員は、私一人だけ。
 7時50分、小高区役所撤収。
 8時、陸上競技場南側信号機交差点で、警察による検問。
 私はこれ以後毎日、市役所に詰めるようになりました。チイ子さんから初めて℡あり。会津若松の実家に避難したとのこと。
 市役所の屋上に自衛隊が大きいアンテナを立て始めました。屋上に出る小部屋には、古い木製の机があり、議員などの喫煙用の灰皿などが備えてあります。ところが机には、自衛隊の無線機が据えられ、2人の隊員が無線中継の任に当っており、占領されてしまいました。
 (ここは、3月15日分:15日の朝、喫煙に行くと、無線機だけ置いてあります。無線機は役に立たなくなって、放置してあるのか?
 疑問に思って、指紋が付かないようにライターでスイッチを押してみました。無線機はランプが付き、メーターが動き始めました。無線機は生きています。あわててスイッチを切りました。)

 後に分かったことですが、14日夕、自衛隊員は階段を駆け下りながら「逃げろ、逃げろ!」と大きな声を出しながら、市役所から飛び出していったそうです。自衛隊の車両が、赤色灯を点け、サイレンを鳴らして何台も何台も西に向かっていったそうです。自衛隊員のパニックをまともに見た職員のごく一部は、不幸にも2度と市役所には戻ってきませんでした。

 14日の夜は、平田議長宅に泊めてもらうことになりました。
 議長宅では家族は避難していました。議長は取り急ぎ夕食の準備を始めましたが、その間「一杯やっていろ。」の指示あり。私は4日ぶりのお酒を一口飲み「んーーー」と唸った直後、携帯電話が鳴った。

 お願いしてあった「町のT女史を確保できた。」と市役所からの連絡。T女史は籠城を決め込んでいたものの、私の伝言を市役所職員から聞き、脱出を決意してくれた。
 市職員に議長宅に送ってもらったものの・・・・。私は、T女史が役所車から降りる前に、「議長、私は少し飲んでしまったので、私の車を運転してくれないか。」と、お願いした。「オー」の即答。
 議長運転の車が、会津若松市のチイ子さんの実家に着いたのは、夜10時過ぎ。

 会津の実家は大きい家ではあるものの、人々で所狭し。我が家族も含め、身を寄せた避難者は36人。実家宅を含めると、総勢41人になっていた。

なじょどがしたい 3月15日 
 3月15日早朝、会津若松市のチイ子さんの実家から、平田議長とともに南相馬市に戻った。
 帰市途中で聞くNHKラジオからは、とんでもない地震と津波、原発の事故があったのにもかかわらず、クラシック音楽が悠長に流れている。深刻な事態が近づいていることを予感した。

 午前11時からの菅総理大臣の国民向けメッセージ、引き続いて枝野官房長官メッセージは、役所建設部のテレビで視聴した。20~30㎞圏内は「屋内退避」の指示。しかし、メッセージの最後に「距離が離れているほど、影響は少ない。」と言っていた。避難命令ではないものの、避難すべきことを暗に言っている。
 このときから、南相馬市の避難大作戦は始まった。

 午後1時から議会全員協議会のはずであった

が、14名しか集まらない。出てきた議員も、それぞれの対応と暗に示された避難指示で、浮き足立っている。若干の状況を報告しあっただけで、解散。

 この日は、どこで寝たのか。41人所帯のチイ子さんの実家に、当座の灯油と食料を運んで泊まったのか。平田議長宅に止まったのか?
 ノートの記録は無い。記憶は飛んでいる。手帳には後日記載したと思われる「小高区役所泊」とあるのだが、信じがたい。

なじょしてる通信 №337

№337 2014年 6月29日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

全会一致
 集団的自衛権行使反対の意見書
 6月議会会期中の19日に、緊急的に提出された議員提出議案「集団的自衛権の行使を容認しないよう求める意見書(案)」は、全会一致で可決されました。
 即刻、総理大臣などに送付されました。

 議案の提出議員は、小川尚一、山田雅彦、田中一正、水井清光、渡部寛一の各議員でした。
 意見書の要旨は、以下の通りです。

集団的自衛権の行使を容認しないよう求める意見書
 政府は、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を目指している。
 集団的自衛権についての政府の見解は、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」としてきた。歴代の政権の憲法解釈は、集団的自衛権の行使は憲法上許されないということであった。
 政府がこの憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認することになれば、自衛隊を海外の戦闘地域に派遣することも可能になる。これは、これまでの政府による憲法解釈を大きく転換するものである。
 また、「武力行使を目的にした戦争に参加しない」と国会で言明しているものの、「武力を行使しない」とは言明していないことも、憲法の枠をはみ出ている。
 一たび戦闘地域に派遣すれば、外国からの攻撃の対象になり、多数の戦争犠牲者が出ることは、過去のイラク戦争やアフガン戦争で集団的自衛権を行使して参戦したヨーロッパ各国を見ても明らかである。
 我が国では戦後69年間、日本国憲法によって戦争犠牲者を出すことはなかった。しかし、集団的自衛権の行使が容認されれば、日本が外国の戦争に参加し、その結果、国民が再び戦争によって大変な惨害をこうむることになる。
 このような事態は、憲法と地方自治法に基づき住民の安全を守る立場にある自治体として看過できるものではない。
 本市は、大震災と大津波及び原子力災害により甚大な被害を受けているが、自衛隊の災害派遣・支援によって大いに助けられたところである。特に福島第一原発から30キロメートル圏内、20キロメートル圏内にいち早く捜索に入るなど、国民と国土を守るために身を挺したことに、心から敬意と感謝を表している。その自衛隊員が海外に出て行って武力を行使することは到底容認できない。
 よって政府は、集団的自衛権の行使を容認しないよう強く求める。
 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

毎日新聞(6月20日付)記事から
 自民系会派も意見書案に賛成し、その一人は「市民目線で同調した。東日本大震災でお世話になった自衛隊員が海外で殺されたり、殺したりしてほしくない」と述べた。

無限定の武力行使変わらず
 自民党の高村正彦副総裁は6月24日、自民、公明両党の解釈改憲に関する協議会で、閣議決定文の最終調整に向けて、従来の「自衛権発動の3要件」に代わる「武力行使の3要件」の修正案を「座長試案」として新たに提示しました。
 修正案は解釈改憲に慎重姿勢を示す公明党に〝配慮″する体裁をとっていますが、集団的自衛権に加えて、集団安全保障の軍事的措置参加にも『抜け道』をつくっており、海外での無限定の武力行使が可能な点は何ら変わっていません。(6月25日付 新聞赤旗)


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 石原大臣に抗議文
 6月19日に開かれた議会全員協議会で、議員全員の強い意志として、石原大臣に抗議することになりました。以下の抗議文(要旨)が即日送付されました。

石原伸晃環境大臣の発言に対する抗議文
 石原環境大臣は、この原発事故によって多くの市民が先祖伝来の土地に帰れず、生活の場を奪われ、共同体を破壊されている事態と責任をどのように認識しているのか。
 このような事態を招いた最終的な責任は、国策として原発政策を推進してきた国にこそあるのではないか。その責任を棚に上げ、人の心でさえも金で買えるかのような傲慢不遜・尊大な発言は、ふるさとの再興を願う被災地市民の心を踏みにじるものであり、環境大臣としての品性を疑わざるを得ない。
 一方で、当該発言は既に各方面から大きな批判を受けているにもかかわらず、石原環境大臣は正式な会見の場での発言ではないとして撤回はしない方針であると伝えられている。
 しかしながら、この二枚舌とでも言うべき石原環境大臣の態度に代表される国の姿勢こそが、被災地市民が国への不信感を増大させていることを重く受け止めるべきである。
 よって南相馬市議会は、石原環境大臣の発言に強く抗議するとともに、発言の撤回を求める。


小さな楽しみ 大きな声
 小高の地に「綿」を少しばかり栽培することになりました。その苗を1本だけ新田ハイツのプランターに植えることにしています。30年前にカリフォルニアの大平原で、ぐるり360度が綿だらげの畑を見ているのですが、綿がどんな姿だったのかを思い出せません。ちょびっと楽しみです。
 23日は、原水爆禁止国民平和大行進団が、南相馬市に入りました。市長(代理)と懇談の後、無人の小高区市街地も行進しました。「核兵器を廃絶せよ! 原発をなくせ!」と、より大きな声を出しました。駅前通りで、取り壊して更地になっている商店名を思いだしつつ「再建は・・・・」目がしらと胸にいたみが。



なじょしようもなかった 
         なじょどがしたい

コラム集 ③

なじょどがしたい 3月12日
 3月12日夜、避難の広報を防災行政無線で流しました。しかし、停電が多いこと、停電に備えた乾電池が切れている受信機があることから、同時に広報車での広報も実施することになりました。
 しかし、しかし、広報車が足りません。私が日ごろ使っている宣伝カーも出動させることを提案しました。
 市職員が運転し、私がマイクを握って「原発が事故! 避難せよ!」声を出し続けました。雨、停電で街灯が点灯していない、車が走っていない中、真っ暗の道を何度も間違いながら。

・・・後日
 7月11日の「車持ち出し」日に、宣伝カーを持ち出しました。馬事公苑に着いてのモニタニングはアウト。広野町のJヴィレッジに除染に行けの指示。
 1時間30分待たされた上で、出発。6号国道を南下中、原発を横目で見て、牛の群れを避けながら。
 高圧洗浄機で、タイヤの後ろを洗い流して洗浄は終わり。帰りも6号線をと思いきや、20㎞圏外を通って帰れと・・・・。ンーーー。
 3月12日広報後、岡田通りにある共産党の事務所屋内の奥に宣伝カーは入れたままでした。放射能汚染は、12日の広報走行中に付着した泥が原因だったと思います。12日の時点で、相当量の放射性物質が飛散・降下していたとしか考えられません。

なじょどがしたい 3月13日
 3月13日、小高赤坂病院の事務長が小高区役所に来て行ったと聞きました。「避難しようにも、行き先も行く手段もない。何とか市での対応・援助を求める。」というものでした。区役所では、「なんともならない。」と苦渋の返答をせざるを得ませんでした。

 3月14日、私と竹野議員で赤坂病院に出向き、病院長と会いました。「行政の力では、今は避難をさせる手立てがない。自力で脱出してください。それまでの間、不足するものだけでも、手配します。」と、伝えるのが精一杯でした。
 区役所に戻った私は、ありったけの物資を赤坂病院に届けるので、用意するように頼みました。
 ダイユーエイトにあった大量のペットボトルの水は、津波で外側が汚れましたが、全て区役所でいただいていました。区役所職員が寒さの中で全部きれいに洗ってくれました。
 ペットボトルの水、米、缶詰、カップめん、紙おむつ等々、2台の車を山にして、私と竹野議員とで赤坂病院に届けました。「何とか、これでしのいでください。」と言うのが・・・・・・。

 後日、聞きました。赤坂病院の患者は、東京都立松沢病院などに全員無事に避難したということです。しかし、その何日か後にお亡くなりになった方もありました。移送中の体力消耗が激しかったと思うのですが。

 3月12日と13日は、小高区役所のロビーの床に防寒着を着たまま寝ました。大型テレビをつけっぱなしで。
 その間、チイ子さんたちは、どこにどう避難したのか全く分かりませんでした。
プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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