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なじょしてる通信 №343

№343 2014年 8月17日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

市議選投票日 11月16日
県知事選投票日 10月26日
 同日選挙なし
 南相馬市選挙管理委員会が8月4日に開かれ、市議会議員の選挙期日(投票日)を11月16日(日)にすることが決定されました。
 避難している市民が多いことを考慮し、告示日は11月6日(木)となり、これまでより3日間長い10日間の選挙期間となります。

 一方、4年前は同日選挙となった福島県知事選挙投票日は、今回は10月26日と決まっています。
 選挙期日は、議員などの任期が終わる30日以内に実施する事が公職選挙法で定められており、南相馬市会議員の任期が11月30日までであることから県知事選挙との同日選挙は不可能です。(県知事の任期は11月11日まで)
 4年前は、県知事選挙が10月31日であったために、南相馬市議会議員選挙もぎりぎりの日程で同日選挙となっていました。
    
同日選挙は市議会の解散しか?
 県知事選挙と同日選挙にするためには、南相馬市議会を解散するという手段が無いわけではありません。
 「選挙経費の削減のために解散をしては」の意見が市民の一部にあります。これを受けて、8月8日に市議会会派代表者会議開かれました。
・ 経費の削減は大事だか、そのことだけで解散することは次元が異なる。解散で議会が存在しない空白期間をつくることは、自殺行為と言える。
・ 震災・原発事故の大事な時期に、空白期間をつくることはできない。
・ 日程に無理がある。
 等々、全ての会派から「解散すべきではない」との意見が出されました。結果、市選挙管理委員会で決定した通りの選挙日程で進めることになります。

 なお非公式ですが県知事選挙日程が決まる以前に、南相馬市議選と同日選挙ができるように、知事選挙を少し遅らせるように要請しましたが、実現されませんでした。

災害関連死 458人に
 6月18日現在の、南相馬市の災害関連死は、更に1人増えて、458人に及んでいます。6月18日に開かれた審査会の結果です。
 震災時の直接死636人と合わせて、南相馬市の震災関係死亡者数は1,094人になってしまいました。残念です。

国道6号 交通自由化
       10月~
 現在は双葉町・大熊町内の6号国道は特別許可が無ければ通行できません。
 国では、除染作業を8月末まで終えた後に、線量のモニタリングと関係自治体との協議を経て、交通の自由化を目指しています。
 6号国道の交通自由化は、早くても9月下旬以降になるものと思われます。

落差の中にも落差 ???
 今月初旬、相馬地方広域市町村圏組合議会で宮城県と岩手県南部海岸地域の消防・看護学校の研修に行ってきました。海岸にびっちり張り付いていた住宅密集地帯の凄まじい津波被害。それはそれは無惨であったと思われました。
 一方、すさまじい勢いで復旧が進んでいます。巨大なベルトコンベアがあちこちにのたうち、超大型ダンプと超巨大ショベルカーが動き回っている様は・・・・! そして、復旧される見込みのない壊れたままの鉄道と、バスターミナル化した駅の落差に大きな疑問も。くらしの復旧は原発事故が無くても後回しか? 取り残されるのか?
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なじょしてる通信 №342

№342 2014年 8月 3日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

市農業再生協議会
コメ汚染問題意見 次々と
 南相馬市・JAそうま・市農業委員会・認定農業者代表などで構成する「南相馬市地域農業再生協議会」が7月18日に開かれました。
 昨年8月、第一原発ガレキ片付け中に大量に飛散した高線量粉塵のためにコメが汚染された問題での意見交換会でした。
 協議会に出席した福島県、農水省、東京電力は弁明に追われましたが、明確には責任を認めていません。

【協議会で出された主な意見】
・ このような事は二度と起こしてはならないし、東電はその覚悟を示すべき。
・ 市や再生協議会に対して、もっと早く情報提供があってしかるべきだったし、今後も異常事態が発生した場合には、県  や市に緊急通報を行うべきである。

8月4日から市役所北庁舎
 本庁舎北側のモータープール敷地内に、昨年度から進めてきた仮庁舎整備事業が7月18日に完了しました。
 新たな「市庁舎」として位置づけ、『北庁舎』の名称となります。
     
 北庁舎に移転する部署は、経済部、農業委員会、南相馬土地改良区、原子力損害賠償解決(ADR)センターとなります。
 なお、これに伴って、本庁舎等にあった復興企画部は西庁舎(本庁の南西側)に移転します。
 以上の移転によっての業務開始は、8月4日(月)からになります。

6月議会での
寬一の一般質問④
 私の一般質問は、6月17日に行いました。内容の要旨の続きの続きです。
 
 即時原発ゼロと
  原発事故防災の徹底を

ⅱ 判決の画期的意義を市民に伝え、原発ゼロへの確信を持たせるべし。その上で市長は原発ゼロの先頭に立て。

※先週号の【質問】の続きで、【答弁】からです。

【答弁:市長】 原発事故を二度と繰り返さない、起こさないためにも、脱原発を市民と共有できる方策で進めることに取り組むとともに、脱原発を目指す首長会議の中で、全国民にも呼びかけてまいりたい。

【再質問】 基本方向はそれでよろしいでしょうが、私が強調したいのは、福井地裁の判決も活用しながら市民に確信を持っていただくことです。

【答弁:市長】 市も市民も同様な態度で取り組めるように、臨んでいきたい。
 市民と一緒に、原発の無い地域社会を目指していきたい。

再々質問】 今の政権は、原発は必要だとして、マスコミも抱き込んで大キャンペーンを張っています。その中では、原発はこりごりだとの思いを持っている市民であっても、不安をかすめています。
 原発ゼロ、脱原発に向けて、市民が勇気と確信を持っていくことが大切です。
 市長は市外・県外だけで訴えるのではなく、まずもって南相馬市内で南相馬市民に強く訴えていただきたいと願う。市民に勇気と確信を持ってもらうべきです。

【答弁:市長】 市民、県民にとって、原発と共存できないということは明確だと思う。市長として、市民の安全、そして新しいエネルギー政策に向かって邁進することが必要だと考えている。
 市民に対しても、同様のメッセージを出し続けていきたい。

ⅲ 安定ヨウ素剤の全世帯配備を早期に実現せよ。

【質問】 福島第一原発は、高い放射能のため1.2.3号機では、まだ原子炉に近づくことさえできず、4号機からの核燃料取り出しも始まったばかりです。放射性物質で汚染された水は増え続け、野外のタンクからたびたび漏れ出して地上や海を汚しています。事故やトラブルも後を絶ちません。
 ただいま申し上げたことは、3か月前の一般質問で私が申し上げたことを、全く同じく申し上げました。状況は進展していません。
 大飯原発再稼働差し止め判決で、強調されています。4号機の使用済み核燃料プールの危険性は、使用済み燃料であるがゆえに、使用済みで燃料は、未燃焼のウランが残っているほか、プルトニウムを含む新しく生成された放射性物質が大量に含んでいるがゆえに、場合によっては原子炉よりもその危険度が高いことが強調されているのです。

高名の木登り? Ⅱ
 愛媛県に避難中の長男夫婦と孫3人一行が、支援ボランティアの皆さんと共に野馬追を機に帰省?しました。後、嵐が過ぎ去ったかのようでほっとしますが、やっぱりさみしいです。
 孫と一緒に南相馬市市民プールに行ってきました。大人用プールの隣には、水深50cm、30cmのプールもあり、子どもたちは大はしゃぎでした。でも目が離せず、けっこう疲れます。
 市民プール⇒原町区桜井町2-166(原ノ町駅北側の跨線橋から6号国道を目指す途中、ミニストップのある交差点を北側に曲がって行くと、原町運動公園があります。その一角、体育館の北隣がプールです。)。子供は無料、大人は100円/2時間。入れ替え時間帯に注意。

なじょしようもなかった 
         なじょどがしたい

コラム集 ⑧

なじょどがしたい3月18日?の続き
 志賀さんの家は舘山の南側。平坦地を進むには舘山の西側を迂回する必要があるが、瓦礫の山で無理だと判断した。
 館山北側の最東端、海からそり立っている崖に沿って館山に登る道を選んだ。館山の上にあった貴布根神社は、地震で倒壊していた。倒壊した神社は、館山に避難して一夜を過ごした村上住民の、暖をとる燃料として最後の役割を果たしてくれた。

 南側東端に下りてから、まっすぐ志賀さんの家に向かったが、途中からガレキを乗り越えるしかなかった。

 少しだけ高い位置にある、正良さん・ヨシイさんが暮らしていた隠居屋は、柱の多くがなぎ倒され、屋根が落ちていた。
 くまなく探したが、誰もいない。母屋は一階部分が津波でぶち抜かれていたが、階段は残っていた。
私の一存で、自衛隊員に土足のままで良いから、2階を捜索することを指示。いない。
 大破しているものの本来の位置にとどまった西内文夫さん宅、横山良一さんのはなれ、牛渡博行さん宅も捜したが、いない。津波の直撃だけは免れた西川さんの家にも、誰もいませんでした。

 それ以上の捜索を断念して戻ることにした。
 村上南側の捜索途中、志賀さん宅前の道路上のガレキの隙間で、男性と思われる遺体を1体、本来の位置から少し西に移動して大きく破壊されている村田渉さんの家の端で、性別不明の遺体1体、帰路途中の村上北側で1体を発見した。
 遺体の確認は警察の仕事であり、触れることは自衛隊員も禁止されていた。現場で拾ったビニールなどで旗を作って、発見場所に目印を付け、両手を合わせるのが精一杯・・・・・・。

 小高川の橋まで戻った私はタバコに火を点け、煙とともに複雑な思いを吐き出した。
 少し年配の自衛隊員が「渡部さん、自衛隊の車の中でタバコをすっても良いですよ。」といってくれた。「でも、みなさんに迷惑がかかるので。」と断って、車外で吸い続けた。また、「車の中でタバコは良いですよ。」と言う。「いや。」と断る。
 またまた、「車でどうぞ。」と言う。これ以上断っては申し訳ないと思い、タバコを消して車に乗り込んだ。

 ドアを閉めたとたん、自衛隊車は急発進。猛スピードで市役所まで戻った。村上まで行く時は、ガレキを避けながらとはいえ、慎重すぎるほどののろのろ運転で進んで行ったのが信じられないスピードだった。

 私がタバコを吸っている間、隊員の皆さんは忸怩たる思いで待っていたのかと、反省?・・・・。
 いつ、また爆発するのか分からない20㎞圏内。線量の公表が無いまま、線量計も無いままの作戦決行だったのだ。
プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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