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なじょしてる通信№502 2月4日付

   

 502 2018  日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

携帯 090 2993 1471 メールアドレス qqkh4649n@drive.ocn.ne.jp

 

 

東京電力福島第一原発事故から7年

原発ゼロの未来へ 福島とともに 3.4全国集会

みなさんで一緒に行って来ましょう

下のポスターの写し(横向きでごめんなさい。)の内容で行われます。福島切り捨て政治、南相馬切り捨て政治を許さないためにも、みなさんで誘い合って、一緒に行って来ましょう。

 

 

 

12月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、12月11日に行いました。

被災者・被害者に寄り添った

仮設住宅対応策を

 

ⅰ 建設型仮設住宅の入居実態と、今後の集約等を含めた対応策はいかに。

【質問の続き】 ・・・仮設住宅を建設し、入居していただいてから6年がたちました。

この間、仕事の都合、家族の都合などで転居をされた方、新たな生活の場として住宅を求めた方、遅ればせながらでき上がった災害公営住宅などに転居をされた方、避難指示の解除に伴って自宅に戻った方などが続き、仮設住宅から退去をする方が増えてきました。

そして、本年に入り、生活により利便性の高い立地にある仮設住宅で、仮設としては少し程度のいい構造の仮設住宅に、移転をしていただくことも行われました。

そこでお伺いをいたします。直近での仮設住宅の入居状況と、今後の集約等を含めた対応策、どのようにしようとしているのですか。

【答弁:建設部長】 建設型仮設住宅の入居状況には、建設戸数2,738戸、鍵渡し個数497戸で、入居率としては17.8%です。

建設型仮設住宅については、旧避難指示区域からの避難者への供与期間が平成31年3月31日であることから、集約が決定している現在の13団地、1,096戸以外に集約を行う考えは当面ありませんが、必要に応じて入居者と相談の上、対応してまいりたい。

 

 

ⅱ 仮設住宅入居者への援助・支援の実態はいかに。

【質問】 これまでの仮設住宅貸与の数々の経験から入居者の援助、支援策がとられてきました。毎日の見回り、巡回や安否確認です。また、仮設住宅の集会所を利用してのサロンなどの開設です。

現況での入居者への援助、支援の実態はどのようになっておりますか。

【答弁:建設部長】 仮設住宅入居者への支援としては、保健師、生活相談員が戸別訪問を実施し、入居者それぞれの事情に応じて、健康管理、生活相談を行うほか、絆づくり職員による入居者の安否を確認しております。

 その他さまざまなNPOやボランティア団体が現在も入居者への支援を行っているような状況です。

【再質問】 集会所を利用してのサロンの実態で危惧することがあります。

1つは、ここに集まってきていた人の大半は、女性であることです。男性はほとんど集まってまいりません。

この問題の対応策はどのようにとっていたのでしょうか。

【答弁:健康福祉部長】 市が支援しているサロンの状況、それから私自身も実際に参加した経験からもサロンに参加する方については、大半が女性であることは議員の御指摘のとおりです。

このため、仮設借り上げ見守り訪問事業などにおきまして、男性が参加しやすいようにそば打ちや将棋、マージャン等を企画し、開催しております。

また、仮設住宅等の入居者の男性を対象に男性のための料理教室を開催しております。

その後その参加者同士の自主活動として毎月集まり、調理実習による交友を継続しています。

このように男性が参加しやすいようなイベントや企画を開催しながら、対応しているところです。

会社などで一定の責任や役割を持って仕事をしてきました男性の場合には、誰かに頼られているといったことがやりがいや生きがいにつながると考えておりますので、サロンなどでも何らかの役割を担っていただきながら、男性の参加を今後とも促していきたいと考えています。

【再々質問】サロンの担当スタッフ、それぞれさまざまな工夫を凝らして、努力を重ねてきております。

しかし、残念ながらほんの一部のサロンで、集まってくる方への差別的対応があるという苦情が私にも寄せられております。

この対応策、どのようにとっているのか。

《次号へ続く》

 

 

 

 

今年の鬼はおっかねどー

江戸時代までの暦は陰暦でした。陰暦では年によるずれが大きいため、農業ができません。そこで使われていたのが、太陽暦に基づき中国で生れた「二十四節気」です。その中でも大切なのは「立春」だったと思います。立春から何日目かで、種をまく日などを決めていたのでしょう。立春から210日目は嵐が来る「二百十日」とか。88日目が「夏も近づく八十八夜:『茶つみ』の歌」とか。春のきざし、立春が季節を分けるので、その前日が節分。

めんどくせごど言っちまいました。とにかく寒い日が続きます。どうかご自愛ください。春はもうすぐです。今年の立春は2月4日。2019年、2020年も2月4日ですが2021年は期日がずれます。

節分にはデイサービスセンターで鬼役をやることになっています。(1月31日記)

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なじょしてる通信№501 1月28日付

   

 501 2018 28日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

携帯 090 2993 1471 メールアドレス qqkh4649n@drive.ocn.ne.jp

 

 

南相馬市 防災備蓄倉庫完成

9,000人・3日分の食糧ほか

南相馬市防災備蓄倉庫が完成し、12月26日にその落成式があり出席してきました。

約9,000人分の食糧、水、毛布等の物資のほか、救援救護活動に必要な資機材等も備蓄し、災害発生時における万全の体制を構築する、というものです。

原町区萱浜字巣掛場(県立テクノアカデミーの斜め向かい)に、敷地面積6,827㎡、建築延床面積1,006㎡(305坪)の規模です。総事業費は3億9,788万円で、その財源として復興交付金が充てられました。

 

以下、主な備蓄品の内容です。

 

※ なお今後、鹿島区と小高区にも整備していくとしています。

 

12月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、12月11日に行いました。

被災者・被害者に寄り添った

仮設住宅対応策を

 

ⅰ建設型仮設住宅の入居実態と、今後の集約等を含めた対応策はいかに。

【質問の続き】 ・・・農業も再開したいのですが、地震、津波の災害復旧がとりかかってもいない状況、まだ調査の段階であり、再開できません。

除染による汚染土壌等の仮置き場になっている区域の一部も耕していましたが、いつになったら仮置き場がなくなるのか、見通しも示されないままです。

医療機関は、つい先日再開をいたしました上町クリニックを含めて、4診療所は再開をされましたが、入院できる病院が再開されていません。小高赤坂病院は再開を望めないようであります。私立ですから、南相馬市として手を打てる決定的な方法は残念ながらございません。

市立小高病院に至っては、入院できる病院を廃止する議案を今議会に上程する始末です。公立病院としての役割を放棄しようとしています。

小高に帰還した人が3.11前の18.2%にすぎないと申し上げました。それでもまだ小高区に住民登録をしている方は8,659人おります。

8,659人中、帰還したのは2,341人です。小高区以外に生活の基盤を築いた方も少なくありませんが、さまざまな理由で住民票を移していない方が6,318人おられます。

この6千人は何らかの機会に、いずれかの時期に、あるいは十分な生活条件が整えば帰還をする可能性の高い、帰還をする可能性が残されている方々とも言えます。

今の状況は、今の南相馬市の取り組み方はこれらの思いを、これらの機会の芽を摘んでいるのではないかと心配をしています。現在の南相馬市政の、私たち議会を含めた取り組み姿勢が、小高に戻る方をこのまま2千人台で終わらせるのか、5千人以上にできるのかがかかっているのです。このことを強く申し上げ、通告した質問に入ります。

 

 私の質問は、被災者、被害者に寄り添った仮設住宅の対応策を求める質問、1つに絞っての質問です。

 その1点目の質問は、建設型仮設住宅の入居実態と今後の集約等を含めた対応策をお伺いをするものです。

南相馬市は、大地震と大津波の被災者とともに東京電力福島第一原子力発電所事故の被災者、被害者が最も多い市町村として避難市民の対応にも困難をきわめてまいりました。困難に当たって直接これに向き合ってこられ、いまだ向き合い続けている市の職員、関係する方々、そして支援をし続けていただいている方々に改めて心から感謝を申し上げます。

南相馬市は、仮設住宅の対応にも困難をきわめてまいりました。建設型仮設住宅だけでも2,783戸にも及びました。それも建設型仮設住宅の基本構造は阪神淡路大震災当時のものであり、東北には不向きな構造です。まして、生活の基本スタイルが変わってきていることも考慮されていないものでもありました。

入居してから窓を二重ガラス窓に、追い焚きのできるお風呂に、一部を畳敷きの部屋に、台所のシンクを少しだけ大きくしたり、物置をつけたり等々、入居者の要求・立場に立って対応を余儀なくされたこともあります。

 

二つの「ほんとだべが」

22日夕からの雪。23日は午前4時に起床。積雪は20cm以上。自宅周辺と進入路は舗装していたので、まずは「雪かき」ならぬ地下水での「雪解かし」。予想以上に解けるので、準備していた超古いパワーショベルは出番無しでした。

※ 中越地震後に200m掘削した井戸からの地下水温をあらためて計ってみたら、16℃でした。ほんとだべが。きーもんでだどは言え、4時前に目が覚めるとは、年だべが?

 正月に一時帰宅した愛媛県に避難中の孫と共に来た長男夫婦が、ミミゲェで農業を再開したいと言う。当面は田植えと稲刈りには愛媛から来るが、水管理と畦畔の草刈りだけはやっていて欲しいと言う。ほんとだべが。草刈りが一番の重労働だっちの!

なじょしてる通信№500 1月21日付

   

 500 2018 21日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

携帯 090 2993 1471 メールアドレス qqkh4649n@drive.ocn.ne.jp

 

 

小高の人口が4,700人に ・・・・ ?

小高区役所を中心にして練られていた「小高復興アクション・プラン」が、昨年11月末に出来上がり、策定されました。「避難指示解除後の小高区の状況変化を踏まえ、南相馬市復興計画に沿って、今後の小高区の課題解決に向けた施策をさらに具体化し、市民とともにまちづくりを進めるために策定」とされています。

① 地域の絆の再生、② 若者が定住し活躍できる取組の構築、③ 帰還住民の生きがいづくり、④ 交流の促進と連携による活性化、⑤ 安心して暮らしやすい生活環境の整備などを柱にして、具体的施策を実行していくとしています。

その前提となる将来人口は、以下の抜粋資料です。

【※以下の文責は、かんいち】 3年後には4,700人になることを予測していますが・・・・?。いずれその10年後からは、どんどん人口が減少していくことは必然なのでしょう・・・・。

 

12月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、12月11日に行いました。

被災者・被害者に寄り添った

仮設住宅対応策を

 

ⅰ建設型仮設住宅の入居実態と、今後の集約等を含めた対応策はいかに。

【質問の続き】 2,726人の世帯数は1,221世帯、1世帯当たりの人数は2.2人にすぎません。大都市並みの1世帯当たりの人数です。完全に核家族化しました。若い人たちの多くが帰還をしておりません。

636人もの方が大震災、津波の犠牲になりました。その後、506人の方を災害関連死として南相馬市が認定をいたしました。市が認定しないものの、あるいは市民が申請しないものの、多くの方が6年9カ月間にお亡くなりになりました。そして、南相馬市外に新たな居住地を求めざるをえずに転出をしていきました。

3.11時点での71,561人の住民登録があった南相馬市は、6年9カ月後の今日、61,530人の南相馬市になってしまいました。10,031人もの人口が減ってしまいました。14%も少なくなったのです。

住民登録人数が減少している状況には区域ごとに乖離があります。南相馬市全体では14%の減少ですが、鹿島区は8.3%の減少、一部が避難指示区域であった原町区は10.4%の減少です。全域が避難指示区域であった小高区の住民登録の減少率は32.6%に及んでおります。

帰還者の比率も区域ごとに乖離があります。11月30日現在の小高区への帰還者、小高区の居住者は2,341人であり、震災前での12,842人の18.2%です。原町区は、避難指示区域の震災前では1,439人に対して378人、26.3%の帰還率です。

ここでは避難指示区域であったというものの、解除をされて1年半にもなろうとしているのに、なぜ帰還しないのかの原因が明らかに浮かび上がってまいります。長期間の避難指示が続き、新たな生活の場、新たな学校、就学の場を求めざるを得なかったことがあります。収束していない原発事故から近いこともあります。原町区と小高区の帰還者の比率の違いは、事故原発からの距離もあります。

しかし、生活できる環境にあるかどうかの違いも大きいものがあります。食品、衣料、雑貨など、生活する上での日常的な買い物をする場がありません。2軒のコンビニ、小高駅前のエンガワ商店だけでは到底追いつきません。魚屋さん2軒は重宝をしておりますが、毎日魚だけを食べているわけにもまいりません。

今年7月に戻った私の自宅は、南相馬市のいわば最南端にあります。夕方になって買い物に出かけようものならば、復旧作業現場などから帰る車両の渋滞に遭い、2時間がかりの買い物になってしまいます。

昨日も小高に帰還した人から、「買い物何とかならないか」と、強く訴えられました。

原発事故はなかったことにしようとしていますが、国は原発事故を忘れさせるために帰れという前に帰れる条件をなぜ整えなかったのか、南相馬市政も責任は免れません。

とんでもありません。双葉郡の南の町はきっちりと準備をしていたではありませんか。

 

 

読んで下さる方と配達してくれる方に支えられて500号

「なじょしてる通信」が500号を迎えることができました。日本共産党の新聞:赤旗の日刊紙と日曜版に議会報告として折り込み始まったのが11年前だったと思います。「なじょしてる」は、「市民のみなさん、どうしてますか」「議会や議員、市政はどうなっている?」の両方を伝えたいとの思いから、勝手に命名しました。

大震災と原発事故対応で超超忙しかったことや、自前で持っていた印刷機を小高の自宅から持ち出すことができなかったことから、再刊にこぎつけたのは8月下旬でした。ところが折り込むべき「赤旗」は、小高で500部ほどあったものが、ゼロです。先輩党員から「仮設住宅に配布できないか。」提言され、それぞれの仮設に入っている方の協力で配布してきました。市役所職員には、小高にゆかりのある職員だけの配布で勘弁してもらっています。最大時発行数は2,450枚。現在は800枚に減っています。紙代は、たくさんの方のカンパに支えられました。配っていただいて、読んでいただいて、ありがとうございます。

※ 1分間に130枚を印刷できるすぐれものの現在の印刷機は2台目です。3年前に定価84万円を34万円まで値切って購入したものです。このような買い物にチイ子さんはモンクや愚痴をいっさい言ったことがありません。本当です。ほんとだってば。

なじょしてる通信№499 1月14日付

   

 499 2018 14日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

携帯 090 2993 1471 メールアドレス qqkh4649n@drive.ocn.ne.jp

 

 

井田川は どうなる どうする

井田川地区再生ビジョンまとまる

大震災・原発事故で壊滅的被害を受けた小高区井田川地区(約200haの農地と宅地など)は、河川・水路の一部を除き6年半にわたって放置されてきていました。

近年は、優良農地に変貌していましたが、農民の血と汗で拓かれ、80年間にわたって改良されてきた結果でした・・・・・・・。

この間、南相馬市の復興推進計画に基づき、井田川地区に農地を有する農業者の代表24名で構成された「井田川地区農地復旧推進委員会(越田正志委員長)」による検討が重ねられてきていました。

昨年11月、井田川地区再生ビジョンがまとまり、公表されました。下記は、その一部の「土地利用ゾーニングです。

 

 

南相馬市長選挙

共産党は現職市長応援

南相馬市の市長選挙は、1月21日で行われることは周知のとおりです。日本共産党南相馬市委員会ではこの間、市長選挙の対応をどのようにするかの検討を重ねてきていました。

すでに12月半ばに現職市長と選挙参謀の市議会議員立ち合いで

① 憲法を守り、生かすこと。

② 福島県内全ての原発の廃炉を求め、全国の原発ゼロをめざすこと。

③ 市民のくらしを守ること。

の、3点での現職市長の基本姿勢を質し、協議をしています。

現職市長は「この3点は当然のことであり、この姿勢で市政に臨んでいく。」と明確に答えていました。

日本共産党南相馬市委員会では、首長選挙であることから推薦・支持はしないものの、応援はできるとの前提で、検討をしておりました。

小高病院廃止問題で・・・?

その後の12月定例議会議案の中で「病院再編=小高に入院機能を無くす再編」で、意見が分かれていました。

私たちが求めていたものは「小高病院を診療所にすることはやむを得ない側面はあるものの、入院できる機能は残すべきである(19床以下の有床診療所とすること)。原案には反対である。」でした。

この議案は既報のとおり「賛成10、反対11」で否決されました。

否決された原案のまま、現職市長は今後の議会でも進めるのであれば、「市民のくらしを守る」市政からは逸脱するものです。

病院再検討を約束

先週、現職市長と会談しました。現職市長は「決定の場である議会で否決されたのだから、今後はあらためて市民の意見をお聞きし、入院機能を残すことも含めて検討をしていく。」「すでに幹部職員にこの方向での進め方を指示している。」と話されました。

この再協議の結果から、日本共産党は市長選挙で現職市長を応援していくことを正式に決定いたしました。

 

12月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、12月11日に行いました。

被災者・被害者に寄り添った

仮設住宅対応策を

 

ⅰ建設型仮設住宅の入居実態と、今後の集約等を含めた対応策はいかに。

【質問】 甚大な被害を受け、そしていまだ被害を受け続けている大震災と原発事故から本日で6年9カ月。20km圏内の避難指示が解除をされてから1年5カ月目に当たります。

市長は、提案説明で旧避難指示区域内の11月末の居住市民は2,726人と報告をされました。帰還率を報告しなかったのは懸命でした。

私は帰還率の計算の仕方に苦言を呈しておりました。それは、これまで帰還率として報告されていたのは、その時点での住民登録人数を分母にしての割合だったからです。これでは、帰還者比率は28.8%になってしまいます。私が指摘していたのは、2011年3月11日時点での住民登録人数からの比率こそが本来の帰還率であるとするものです。

3.11からの帰還率では19.1%の帰還率にすぎません。3.11前の街、3.11前の地域から見れば2割以下しか住んでいない街、2割以下しか住まない地域になっています。

旧避難指示区域内の11月30日現在での居住市民は2,726人、このうち65歳以上の住民は1,388人です。51%が65歳以上です。超超超高齢化地域です。

 

正月も終わり さて、今年も頑張るぞ~~

大晦日に山形の孫どもに誘われて猪苗代にスキーに行ってきました。私もチイ子さんも一度も転びませんでしたが・・・・どういうわけか、元旦には足腰がやたらと痛いのです。元旦翌日に自宅で、ほとんどの子、孫、曾孫での総勢24人で母:政江の「米寿お祝い会」を催しました。少し遅れて仙台の従兄夫婦一家6人も加わり、久しぶりの昼酒に酔ってしまいました。

玄関と玄関脇の広い土間にあった足の踏み場もないほどの靴が・・・・・。もう、ありません。

※仙台の従兄 = 正確には私と同い年の、私の父のいとこです。

プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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