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なじょしてる通信 №349

№349 2014年 9月28日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部寬一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

9月定例議会 
「保育所入所選考 市はやらない」
条例制定に反対
 2015年4月から、子ども・子育て支援に関する新しい制度実施が予定されています。
 新制度により、市町村では新たな認可・確認事務を要することになるため、その基準を定める4件の条例を定めることになりました。
 そのうちの1件は「特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業の運営に関する基準を定める条例」です。
 この第6条では「保育所の定数を超える入所申し込みがあった場合、誰を選考するかの権限は、保育所にある。」ことになっています。これまでは、市が選考した上で、利用者の意向なども踏まえて保育所に入所をさせていました。
      
 これでは児童福祉法で定めている『市が申し込みを受けて選考し、保育所に委託する。』から逸脱するものです。

保育所に入所するためには
・これまで ⇒ 市に申し込み、市が選考
・これから ⇒ 市に申し込み、保育所が選考

 選考基準は条例で優先順位などを定めてあります。
 しかし、どこまで公正に行われるか、疑問が残ります。
 さらに、「『保育所は』市から委託を受けたときは、正当な理由がない限り、これを拒んではならない。」とありますが、これは「本則」ではなく、取って附けたように「附則」で定めています。
 審査を付託された文教福祉常任委員会で、「市の責任と権限を放棄するものである。」として、私だけがこの条例制定に反対をしました。

 市の復旧・復興は ②
災害公営住宅

事業箇所 戸数 事業完了 進捗状況







町 大町東:大町駐車場 80 14年12月 建設工事に着手
大町西:旧市立病院 40 14年12月 建設工事に着手
大町南:旧サティ 29 16年1月 工事発注準備中
集合住宅:栄町 33 16年3月 地権者と協議中
戸建住宅:萱浜 38 16年3月 工事発注準備中

鹿

島 西町 30 14年9月 建設工事に着手
西川原 28 14年3月 事業完了し、入居開始
西川原第二 32 15年6月 工事発注準備中



高 東町 20 16年2月 地権者と協議中
万ヶ迫 2 16年2月 工事発注準備中
集合住宅 18 16年2月 地権者と協議中


防災集団移転(避難指示区域)
 計画していた住宅団地全部の11地区を廃止し、新たに小高市街地への計画を2014年度中に検討する。


ちょっとでなく えっぺの応援
愛媛県伊予市に避難している翠(みどり)小学校4年生の孫娘から「運動会にちょっとの時間でも応援に来てください。」と手紙がありました。チイ子さんは何としても応援に行きたいと言います。市議選挙が間近でもあり躊躇しましたが・・・・。福浦中学校で応援団長をしていた私が応援しない訳にはいきません。急ぎ足の旅をしてきました。


なじょしようもなかった 
         なじょどがしたい
コラム集 ⑭


なじょどがしたい宮田川海(かい)口(こう)閘門(こうもん)⑤

 自衛隊員が、3門の水門をそれぞれ100回上げ下げした。しかし、5㎝の上昇位置以上には、どうしても上がらない。

 作戦を終えて市役所に戻った後、海口閘門を設計施工した「東海工業」の遠藤さんと電話で詳しく打ち合わせをした。
 開閉装置の過負荷時クラッチは、解除することができないと言う。
 私は、半ば本気、半ば冗談で「自衛隊が来ているので、ミサイルを撃ち込んで壊してもらうことも考えている。」と、伝えた。

 4月7日、東海工業から電話があった。「何とか方法を考え付いた。」「明日までに開閉するための手動ハンドルを製作し、届ける。」と言う。

 4月8日午前10時、東海工業が届けてくれた厚手の鉄板を加工した十字形をした2mほどのハンドルを持ち、第4次解放隊は出発した。
 小高区役所職員、自衛隊員、私に加え、竹野光雄議員も同行してくれた。

 閘門を上下させるギアボックスをそっくり外し、急ごしらいの十字ハンドルで力任せに開けてしまう作戦である。

 ギアボックスは、モーターが付いていることもあって200㎏を超える。吊り上げたり、支えておくための仕掛けは全くない。
 工具か足りずに、あるだけのもので悪戦苦闘をしてギアボックスを外す作業を、私と竹野議員が担った。
 ゴドンと外れたギアボックス。配線の束で下までは落ちなかったものの、すぐ脇の下は5mの水面。こわかった~~。

ギアボックスを外した。もう過負荷時のクラッチは無い。
1組4人がかり交替で自衛隊員が全力でハンドルを回す。
海口閘門は上がった。上がることが分かった。成功。

 南側20㎝、真ん中6㎝、北側20㎝だけ開けておくことにした・・・・・。
 それだけで、水はどんどんと海に流れていく・・・・・・・。

・・・・・・・これ以上開ければ、津波被害者が海に流出してしまう恐れも・・・・・・・。

 その後、何日も置かないで農水省などから借りた移動式大型ポンプも使いながら、井田川地内の全ての水を抜いた。
ポンプを回すエンジンの給油のために、区役所職員が昼夜交代でがんばってくれた。

 行方不明者の捜索がようやく実現できるようになった。
 行方不明者捜索は、狭い水路やヒューム管の中まで進め、考えられる全ての場所に及んだ。

 徹底捜索だけは終えたその後、現在(2011年12月)も小高区役所職員が、潮位にあわせて海口閘門の開閉をしている。
 しかし、移動式大型ポンプは取り払われた。2つの湛水防除施設(大型の排水ポンプ施設)は津波で破壊されたまま、復旧に手がかかっていない。
 井田川地内全部と、その上流の一部は水浸しに戻った。

 4度に及んだ宮田川海口閘門開放作戦途中、私たちは2遺体を発見している。浦尻で男性と思われる1遺体、下蛯沢で生後間もないであろう赤ちゃん1遺体。
どちらも、そこに吸い寄せられるように近づいて、私が発見した。

原発事故さえなければ、生きているうちに発見できた人も・・・・・・・・。
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プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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