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なじょしてる通信№442 10月2日付

  

 442 201610月 日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

小高区復興拠点整備予算修正とは

9月議会で提案されていた一般会計補正予算の中には、小高区復興拠点整備事業費として用地買収費や実施設計費等2億8,521万円が計上されていました。

付託されていました総務常任委員会で修正案が可決され、続く本会議でも修正案は賛成多数で可決されました。

修正では、用地買収費等は認めるものの、実施設計費8,479万円は認めず、整備内容の見直し修正を求めたものです。

何が? 問題だったか

この事業は小高商工会の北側に「帰還や中心市街地への居住誘導、市外からの移住促進のために、復興するための拠点を整備する。」としていたものです。

⓵ 用地がどんどん狭くなっていったこと。

当初面積は約9,850㎡でした。用地交渉が難航したことによって、

最終案では、5,225㎡に減っています。

⓶ 整備する施設種はほとんど同じで、各々の施設が小さなものになってしまったこと。

除いた施設・機能は、物見やぐら17㎡と入浴施設101㎡だけ。

⓷ 特に、子どもの屋内遊び場もどんどん狭くなったこと。

鹿島区の半分、原町区の3分の1である404㎡(屋内面積323㎡)になった。

◎ 日本共産党議員団では特に、子供の遊び場が狭くなってしまったことを重要視しました。

  子どもの遊び場を屋内(半屋内)にして多くの面積を確保する本来の目的は、放射能の心配をしないで子ども達を伸び伸びと遊ばせることです。

  新しく作られるであろう認定こども園や小学校の近くに、十分な面積を確保して子どもの遊び場を作るべきだと主張しました。

賛否の結果は

◎ 修正案に賛成し、修正案以外の原案に賛成した議員 13議員

 門馬、伹野、大山、太田、山田、中川、鈴木昌一、田中一正、荒木千恵子、今村、渡部寬一、志賀、細田

 

● 修正案に反対し、原案に賛成した議員

  8議員

  岡崎、奥村、田中京子、渡部一夫、鈴木貞正、水井、竹野、小川

 

 

9月議会での

寬一一般質問

 私の一般質問は、9月13日に行いました。内容の要旨です。

  小高で暮らすための

緊急対策を

【質問】 大震災と原発事故から5年6カ月になります。そして、本年7月12日をもって20km圏内の避難指示が解除をされ、戻ってもよいとされました。そして、早や2カ月が過ぎたということでもあります。この2カ月でどうなっているのでしょうか。

国は、避難指示の解除の条件として、3点を挙げております。

 第1は、空間線量率で測定された積算線量が年間20ミリシーベルト以下であるということ。こんな20ミリシーベルトというひどい数値を持ち出すこと自体、大問題なのでありますが、このことについては別な機会に捉えてまいります。

問題は、第2の条件です。日常生活に必須なインフラ、電気、ガス、上下水道、主要交通網、通信などや、生活関連サービス、医療介護、郵便などがおおむね復旧し、子供の生活環境を中心とする除染作業が十分に進捗することとされておりました。

市長は、本議会冒頭の提案説明の中で、8月31日現在での旧避難指示区域内への居住市民は985人と説明をされました。その内訳を調べてみますと、小高区はちょうど800人です。

5年半前の3・11時点の小高区の住民登録人口は1万2,840人、大震災やその後に亡くなった方、転出してしまった方が多い一方で、転入はありませんでしたから、本年8月31日現在での小高区の住民登録状況は9,711人と激減をしております。

この9,711人に対して800人の帰還。帰還率は8.2%にすぎません。この人数が多いか少ないかは、議論があるところではあるものの、私は少ないと断言できるものであります。

原町区の旧避難指示区域内への居住市民も決して多いわけではありませんが、帰還率は19.4%です。小高区の倍以上の帰還率です。とはいっても、まだ2割にも到達していないということでもあります。

小高区においては、国が示した避難指示の解除の条件にある生活関連サービス、医療介護等が全く不十分だという状況をあらわしています。私が何度も指摘をし、改善を求めている入院できる病院の復旧状況、ゼロです。

いずれ、今さら避難指示を解除して避難指示に戻すことは、非現実的であります。約束した条件を即刻実現することが必要です。そこで、緊急に求められる対策の質問をいたします。

 

 

ⅰ 薬局がない。行政が責任をもって開設を急げ。

第1の質問は、薬局がないことです。薬局がないことは、ちょうど1年前の私の一般質問でも取り上げて指摘をし、急いで対策を講ずることを求めていた内容です。

各位の努力もありまして、わずかな診療所が再開されました。しかし、薬局がありません。一部、院内処方もやっているようでありますが、必要な薬剤によっては調剤薬局に行くことを求められております。原町まで行かなければなりません。

健康の問題、場合によっては命の問題です。

さらに、医療機関に行くまでもなく、比較的軽い病気やけがの場合、薬局で売っている薬で間に合わせたいと思っても、原町まで行かなければなりません。

これで、日常生活に必要な生活関連サービスが復旧したと言えるのでしょうか。命にかかわる生活関連サービスです。

行政は、責任を持って調剤薬局、薬局の開設を急ぐべきです。私は、ただいま行政が責任を持ってと言っております。市が責任を持ってとは言っておりません。というのも、南相馬市はもちろんですが、福島県も国も全ての行政が責任を持ってということであります。南相馬市でかなわなければ、国の責任も求めて薬局の開設を急いでいただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっぱとっぱしての出発です

本号は少し早めに作成しました。この通信が皆さんに届く頃は、日本を離れています。来週号はお休みします。9月28日から10月6日まで「チェルノブイリ 実態と現状をたどる旅」参加のため、ウクライナとベラルーシに行ってくるためです。この旅は原発問題住民運動全国連絡センター主催によるもので、チェルノブイリ原発事故から5年ごとに実施されていました。10年前にも行く機会があり参加することにしていたものの、どうしても都合がつかなくなり断念しました。チェルノブイリ原発事故から30年、福島原発事故から5年、「今」改めて原発と放射能被害について考えるために、今回は万難を排して参加しています。

そういえば、浪江・小高原発建設予定地の中にチイ子さん名義で土地1坪を買っていたこともあったことを思い出しました。

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プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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