なじょしてる通信№453 1月1日付

  

 453 2017年 月 日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 14

今年もご愛読よろしくお願いいたします。

「なじょしてる通信」最大発行時期には2,440枚を印刷して配布していましたが、仮設住宅配布数が減ってきたため、現在は1,640枚になってきています。

仮設住宅を出られて自立できるようになってきたこと自体はうれしいことです。しかし、いまだ仮設暮らしを強いられている方が多くおり、さらには自立する見通しも持てないままでいる方もいます。

本当の意味での市民に寄り添う市政が問われる年になるものと思っています。

 

12月議会での

 主なその他議案  

◎ 固定資産評価審査委員

 選任の同意

現在の委員のうち、2人の委員が2017年3月5日で任期満了となるため、後任の委員選任に同意した。(敬称略)

岡本一也(新) 62歳 鹿島区北海老

鈴木利将(新) 66歳 原町区下高平

 

 

12月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、12月7日に行いました。内容の要旨です。

   

 

  避難支援の継続を

(福島県に県民保護を強く求めよ)

 

ⅰ 20㎞圏外避難者の住宅の無償提供2017年3月末打切り。継続させよ。

【質問】 7月12日をもって南相馬市のごく一部を除いて20km圏内の避難指示が解除され、戻ってもよいとされました。はや、5カ月が過ぎようとしています。

この5カ月でどうなっているんでしょうか。

戻ってもよいではなく、「もうなんでもない地域であり、被災者ではないのであらゆる支援策は終了です」という姿勢が東京電力はもとより、国にも明らかに出てきております。

そしてその姿勢は、我が福島県、被災県当局にもありありと見えてきております。

とんでもありません。

国は避難指示の解除の条件として3点を上げておりました。条件中、第2の条件として日常生活に必須なインフラ、電気、ガス、上下水道、主要交通網、通信などや生活関連サービス、医療・介護・郵便などが概ね復旧し、子供の生活環境を中心とする除染作業が十分に進捗することとされておりました。

条件がどれだけ整えられて、どれだけの人が戻ってきたのでしょうか。

小高区には大震災原発事故直前の2011年3月11日には1万2,842人が住んでおりました。大津波、災害関連死、災害関連死と認められなかった人、関連死と思っても申請しなかった方など、それこそ多くの方が亡くなりました。そして小高区から転出者も相次ぎました。

本年10月末現在の小高区の住民登録人数は9,587人になってしまいました。

そのうち、小高区に居住している方、帰還した方は12月1日現在で993人しかおりません。住民の10.4%しか帰還していない。

新たな地に住宅を再建し、当面は戻らないという方や、小高の住宅の再建や修理に期間を要している方などもございます。

しかし、解除の第二の条件になっていた日常生活に必須なインフラや生活関連サービスが、概ね復旧するとした条件が整っていないことも大きな要因になっております。

私は、これらにかかわっての質問をいたします。

第一の質問は、避難支援の継続を求めること。福島県に対して県民保護を強く求めるべきことの質問です。

その第一番目は、20km圏外避難者の住宅の無償提供、2017年3月末打ち切りとされていることに対して継続を求めることです。

12月1日現在の避難の状況は南相馬市内での借上げ住宅入居者3,134人、仮設住宅入居者2,436人になっております。

南相馬市外での借上げ住宅等入居者は8,964人です。このうち福島県外には5,266人が暮らしております。いずれ合計で1万4,537人の方がいまだに避難生活を強いられております。

国と福島県はまず20km圏外の東電福島第一原発事故による避難指示区域外の避難者、避難指示が課せられていなかったとする避難者に対する住宅の仮設住宅、借上げ住宅共に無償提供を2017年3月末で打ち切るとしております。

20km圏外にお住まいだった南相馬市民で現在も住宅無償支援を継続されている方の世帯数と人数は幾らなのかお伺いします。

【答弁:建設部長】 20km圏外にお住まいの方の住宅無償支援を継続されている方は、民間賃貸住宅等々なんですが、戸数については約1,860戸程度と考えております。人数については正確なところ把握しておりませんが、3千人から5千人の間の人かと考えております。

【再質問】 戸数のみであり、人数はわからないという県の対応、さらに市もよくつかんでいないことは、大きな問題があります。

 そこで、改めて質問いたします。自主避難者としていますが、そもそも自主避難者という言い方間違っています。特に南相馬市は距離に関係なく全市民に避難を呼びかけたんです。全市民に避難を呼びかけた。このこと自体は決して間違いではなかったと私は確信をしております。

しかし、帰る時くらいはそれぞれの意思を尊重すべきです。また最後まで避難市民に寄り添うべきであります。

帰らない。帰れない方が悪いんではありません。原発事故を起こしてしまい、大量の放射性物質を広範囲にまき散らしてしまい、事故原発の内部がどうなっているかさえわからないままで、事故原発から大量の汚染水がだだ漏れのままで、事故原発が収束もしていないのに収束したと言い、本当の事故原因が未だにわからないままで住む場所を奪われた人に対して、その責任を放棄しようとしているのであります。

 

新春の ちびっとのおめでたいこと

避難生活6回目のお正月も自宅で迎えられません。年明け後は、商工会主催の新春交歓会、南相馬市成人式、消防団出初式などが続きます。

それよりもと言っては失礼なのですが、次女:陽子(山形県白鷹町在住)の第3子出産予定日1月1日があります。10人の孫のじぃじとばぁばになります。うれしくもあり、心配でもあります。           〔12月27日記〕

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私は今横浜に住んでいますが、実家のあった小高のことが知りたくて
寛一さんのブログを楽しみにしています。
来年も宜しくお願いします。
プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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