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なじょしてる通信№460 2月26日付

  

 460 2017年 26日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471

3月議会日程

3月定例議会は、新年度予算を審議・決定するなど、とりわけ大切な議会です。

日程は、次のようになっています。

○ 議会前の段取り日程

2月22日 議会全員協議会(議案説明)

24日 一般質問通告期限、質問順序抽選

     一般質問内容の市からの聴き取り

     ※ 請願・陳情提出期限

28日 議会運営委員会

◎ 本番

3月 3日 本会議(議案の提出及び説明)

   8日 本会議(一般質問)

   9日 本会議(一般質問)

  10日 本会議(一般質問)

  14日 本会議(議案質疑、委員会付託)

 15~17日 各常任委員会【寬一は文教福祉】

  24日 本会議(委員長報告、質疑討論、

表決)

◇ その他の日程(渡部寬一が関係するもの)

2月17日 相馬地方広域市町村圏組合議会

3月 1日 高校卒業式、消防新車両研修

2日 相馬看護専門学校卒業式

  11日 東日本大震災

 追悼式

  13日 中学校卒業式

  23日 小学校卒業式

  

 

小高 病院

 永久に無くなる!

私はこれまで、一般質問で再三にわたって「市立小高病院」の再建を訴えてきました。

市長は、再建は難しいと答弁をしてきましたが、そのねらいがいよいよ具体的に明らかになってきました。

市立病院事務部から「全議員に理解を深めてもらいたい」との趣旨で、会派ごとに懇切ていねいな説明会がありました。市長の指示によるものだそうです。

日本共産党市議団には2月16日に説明がありました。その中で明確に見えてきたことがあります。

説明を要約すると、

① 小高病院本館は地震被害修繕に7億円を要するので修繕をあきらめる。今ならば環境省に解体してもらえる(市の負担なしで)。

② 小高での病院経営は赤字になるので、病院はあきらめて「診療所」としていく。

③ 小高病院の99床は、市立総合病院に移管する。

【そして、取ってつけたように】

④ 小高では週5日の診療で、在宅診療・遠隔診療で住民に寄り添った医療を提供する。

これらの説明は、問題を隠し、糊塗しているとしか言いようがありません。

①は、大震災によって大きな損傷を受けたものであり、災害復旧事業で改修をすれば市の負担がほとんどかからずに復旧できたのです。

②で言えば、民間ならば「いざ知らず」です。市立病院です。赤字になったとしても、市民の命と健康を守るために設立運営していくのが市立病院です。小高の住民は、市民ではないのでしょうか。

ねらいは③です。市立総合病院に脳卒中センターを造っても市立総合病院のベッド数を増やせるものではありません。この地方のどこかの病院でベッド数を手放さない限り増やせないのです。

そもそも、再開する意志がないばかりか、千載一隅のチャンス「市立総合病院の脳卒中センターのためのベッド数を増やせる」が狙いだとしか思えません。

もとより、脳卒中センターは必要であり、開設できたことは喜ぶものです。しかし、そのために小高病院を犠牲にしてもいいと言うものではありません。断固。

12月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、12月7日に行いました。内容の要旨です。

  医療の復旧・復興を

 

ⅰ 人工透析できない。緊急に改善策を。

【質問の続きから】 新たに罹病し人工透析を余儀なくされた方は、今や宮城県や福島市まで週3回までの通院を強いられております。

雪や嵐になれば即刻命にかかわる問題が続いております。

福島までの通院を余儀なくされている方は、冬の期間は福島市でビジネスホテル住まいをせざるを得ないという方もおります。

帰還をしなさいよと言われても、南相馬市としてこの対応策をきっちりとらない限り帰還もできない。

市として緊急なる改善策を求めたい。

【答弁:健康福祉部長】 現在、本市の透析患者は市内の2つの病院及び相馬市並びに宮城県内の病院に120名以上の患者が通院しております。

市内や相馬郡内での病院は新たな患者への対応は難しい状況にあり、更には宮城県内の病院からも相馬地方での対応を求められています。

このため、今後は医師の確保を初め、相馬郡内での受入れの体制の強化や、新たに透析を行う医療機関について相馬郡医師会や市立総合病院と協議をしてまいります。

【再質問】 20km圏内が解除されて帰ってもいいよと言われても、透析を受けるための病院まではさらに、さらに、遠い距離になるんです。より一層深刻なんです。緊急な対策が求められます。

今の対応策について何がなんでも急いでいただきたい。

日本共産党では、震災に対するボランティアがどうしても必要だということで、四国4県と京都から多くの皆さんが私達の地域に集中していただきました。

2011年9月からボランティアをまとめる方がどうしても必要だということで、京都の宮前利明さんという方がこちらのセンター長として担っておりました。

宮前さんは、ただならぬ地域だということがすぐにわかりまして、これは短期間の任務ではかなわないと。この地に骨を埋めようと。住民票を移動してボランティアセンターの責任者を担ってこられた。

残念ながら腎臓を悪くなさって人工透析が必要となりました。ここの病院では受け入れられず、福島に通わされたんです。

命にかかわることですから、冬を前にして残念ながら住み慣れて、もっと環境のいい、もっと知っている方がいっぱいいる京都に帰らざるを得ませんでした。せっかくの人材であり、大変な仕事を担っておられた方です。残念でなりません。

病院が無いだけでここに住めないということになってしまうんです。何としても急いで実現をしていただきたい。強く求めます。

  

 

ⅱ 市立小高病院の復旧と入院再開対策を急ぐべし。

【質問】 私は、この問題を再三にわたって一般質問をしております。

市長は大震災で被害を受けた市立小高病院の災害復旧すら、しようとしておりません。

3.11前は小高区には2つの病院がありました。避難指示が解除されても小高に入院できる病院がなくなっていることが、小高へ帰還する意思を萎えさせております。

小高に戻った市民の強い要求でもあります。市長、小高病院をきちんと災害復旧をして病院として再開をさせてください。改めて質問いたします。

 

あだまんながもなだれに

岩手県一関市での「原発被災地からの報告」の日帰り行の翌日、これも日帰りで埼玉から会津若松経由を強行。立ち上げた合同会社の計画や3月議会の準備等々、ごちゃごちゃとあっぱとっぱが続いています。書類の片付けが後回しで、なだれが起きています。べつなどごもなだれだべと?

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プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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