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なじょしてる通信№499 1月14日付

   

 499 2018 14日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

携帯 090 2993 1471 メールアドレス qqkh4649n@drive.ocn.ne.jp

 

 

井田川は どうなる どうする

井田川地区再生ビジョンまとまる

大震災・原発事故で壊滅的被害を受けた小高区井田川地区(約200haの農地と宅地など)は、河川・水路の一部を除き6年半にわたって放置されてきていました。

近年は、優良農地に変貌していましたが、農民の血と汗で拓かれ、80年間にわたって改良されてきた結果でした・・・・・・・。

この間、南相馬市の復興推進計画に基づき、井田川地区に農地を有する農業者の代表24名で構成された「井田川地区農地復旧推進委員会(越田正志委員長)」による検討が重ねられてきていました。

昨年11月、井田川地区再生ビジョンがまとまり、公表されました。下記は、その一部の「土地利用ゾーニングです。

 

 

南相馬市長選挙

共産党は現職市長応援

南相馬市の市長選挙は、1月21日で行われることは周知のとおりです。日本共産党南相馬市委員会ではこの間、市長選挙の対応をどのようにするかの検討を重ねてきていました。

すでに12月半ばに現職市長と選挙参謀の市議会議員立ち合いで

① 憲法を守り、生かすこと。

② 福島県内全ての原発の廃炉を求め、全国の原発ゼロをめざすこと。

③ 市民のくらしを守ること。

の、3点での現職市長の基本姿勢を質し、協議をしています。

現職市長は「この3点は当然のことであり、この姿勢で市政に臨んでいく。」と明確に答えていました。

日本共産党南相馬市委員会では、首長選挙であることから推薦・支持はしないものの、応援はできるとの前提で、検討をしておりました。

小高病院廃止問題で・・・?

その後の12月定例議会議案の中で「病院再編=小高に入院機能を無くす再編」で、意見が分かれていました。

私たちが求めていたものは「小高病院を診療所にすることはやむを得ない側面はあるものの、入院できる機能は残すべきである(19床以下の有床診療所とすること)。原案には反対である。」でした。

この議案は既報のとおり「賛成10、反対11」で否決されました。

否決された原案のまま、現職市長は今後の議会でも進めるのであれば、「市民のくらしを守る」市政からは逸脱するものです。

病院再検討を約束

先週、現職市長と会談しました。現職市長は「決定の場である議会で否決されたのだから、今後はあらためて市民の意見をお聞きし、入院機能を残すことも含めて検討をしていく。」「すでに幹部職員にこの方向での進め方を指示している。」と話されました。

この再協議の結果から、日本共産党は市長選挙で現職市長を応援していくことを正式に決定いたしました。

 

12月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、12月11日に行いました。

被災者・被害者に寄り添った

仮設住宅対応策を

 

ⅰ建設型仮設住宅の入居実態と、今後の集約等を含めた対応策はいかに。

【質問】 甚大な被害を受け、そしていまだ被害を受け続けている大震災と原発事故から本日で6年9カ月。20km圏内の避難指示が解除をされてから1年5カ月目に当たります。

市長は、提案説明で旧避難指示区域内の11月末の居住市民は2,726人と報告をされました。帰還率を報告しなかったのは懸命でした。

私は帰還率の計算の仕方に苦言を呈しておりました。それは、これまで帰還率として報告されていたのは、その時点での住民登録人数を分母にしての割合だったからです。これでは、帰還者比率は28.8%になってしまいます。私が指摘していたのは、2011年3月11日時点での住民登録人数からの比率こそが本来の帰還率であるとするものです。

3.11からの帰還率では19.1%の帰還率にすぎません。3.11前の街、3.11前の地域から見れば2割以下しか住んでいない街、2割以下しか住まない地域になっています。

旧避難指示区域内の11月30日現在での居住市民は2,726人、このうち65歳以上の住民は1,388人です。51%が65歳以上です。超超超高齢化地域です。

 

正月も終わり さて、今年も頑張るぞ~~

大晦日に山形の孫どもに誘われて猪苗代にスキーに行ってきました。私もチイ子さんも一度も転びませんでしたが・・・・どういうわけか、元旦には足腰がやたらと痛いのです。元旦翌日に自宅で、ほとんどの子、孫、曾孫での総勢24人で母:政江の「米寿お祝い会」を催しました。少し遅れて仙台の従兄夫婦一家6人も加わり、久しぶりの昼酒に酔ってしまいました。

玄関と玄関脇の広い土間にあった足の踏み場もないほどの靴が・・・・・。もう、ありません。

※仙台の従兄 = 正確には私と同い年の、私の父のいとこです。

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プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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