なじょしてる通信№500 1月21日付

   

 500 2018 21日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

携帯 090 2993 1471 メールアドレス qqkh4649n@drive.ocn.ne.jp

 

 

小高の人口が4,700人に ・・・・ ?

小高区役所を中心にして練られていた「小高復興アクション・プラン」が、昨年11月末に出来上がり、策定されました。「避難指示解除後の小高区の状況変化を踏まえ、南相馬市復興計画に沿って、今後の小高区の課題解決に向けた施策をさらに具体化し、市民とともにまちづくりを進めるために策定」とされています。

① 地域の絆の再生、② 若者が定住し活躍できる取組の構築、③ 帰還住民の生きがいづくり、④ 交流の促進と連携による活性化、⑤ 安心して暮らしやすい生活環境の整備などを柱にして、具体的施策を実行していくとしています。

その前提となる将来人口は、以下の抜粋資料です。

【※以下の文責は、かんいち】 3年後には4,700人になることを予測していますが・・・・?。いずれその10年後からは、どんどん人口が減少していくことは必然なのでしょう・・・・。

 

12月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、12月11日に行いました。

被災者・被害者に寄り添った

仮設住宅対応策を

 

ⅰ建設型仮設住宅の入居実態と、今後の集約等を含めた対応策はいかに。

【質問の続き】 2,726人の世帯数は1,221世帯、1世帯当たりの人数は2.2人にすぎません。大都市並みの1世帯当たりの人数です。完全に核家族化しました。若い人たちの多くが帰還をしておりません。

636人もの方が大震災、津波の犠牲になりました。その後、506人の方を災害関連死として南相馬市が認定をいたしました。市が認定しないものの、あるいは市民が申請しないものの、多くの方が6年9カ月間にお亡くなりになりました。そして、南相馬市外に新たな居住地を求めざるをえずに転出をしていきました。

3.11時点での71,561人の住民登録があった南相馬市は、6年9カ月後の今日、61,530人の南相馬市になってしまいました。10,031人もの人口が減ってしまいました。14%も少なくなったのです。

住民登録人数が減少している状況には区域ごとに乖離があります。南相馬市全体では14%の減少ですが、鹿島区は8.3%の減少、一部が避難指示区域であった原町区は10.4%の減少です。全域が避難指示区域であった小高区の住民登録の減少率は32.6%に及んでおります。

帰還者の比率も区域ごとに乖離があります。11月30日現在の小高区への帰還者、小高区の居住者は2,341人であり、震災前での12,842人の18.2%です。原町区は、避難指示区域の震災前では1,439人に対して378人、26.3%の帰還率です。

ここでは避難指示区域であったというものの、解除をされて1年半にもなろうとしているのに、なぜ帰還しないのかの原因が明らかに浮かび上がってまいります。長期間の避難指示が続き、新たな生活の場、新たな学校、就学の場を求めざるを得なかったことがあります。収束していない原発事故から近いこともあります。原町区と小高区の帰還者の比率の違いは、事故原発からの距離もあります。

しかし、生活できる環境にあるかどうかの違いも大きいものがあります。食品、衣料、雑貨など、生活する上での日常的な買い物をする場がありません。2軒のコンビニ、小高駅前のエンガワ商店だけでは到底追いつきません。魚屋さん2軒は重宝をしておりますが、毎日魚だけを食べているわけにもまいりません。

今年7月に戻った私の自宅は、南相馬市のいわば最南端にあります。夕方になって買い物に出かけようものならば、復旧作業現場などから帰る車両の渋滞に遭い、2時間がかりの買い物になってしまいます。

昨日も小高に帰還した人から、「買い物何とかならないか」と、強く訴えられました。

原発事故はなかったことにしようとしていますが、国は原発事故を忘れさせるために帰れという前に帰れる条件をなぜ整えなかったのか、南相馬市政も責任は免れません。

とんでもありません。双葉郡の南の町はきっちりと準備をしていたではありませんか。

 

 

読んで下さる方と配達してくれる方に支えられて500号

「なじょしてる通信」が500号を迎えることができました。日本共産党の新聞:赤旗の日刊紙と日曜版に議会報告として折り込み始まったのが11年前だったと思います。「なじょしてる」は、「市民のみなさん、どうしてますか」「議会や議員、市政はどうなっている?」の両方を伝えたいとの思いから、勝手に命名しました。

大震災と原発事故対応で超超忙しかったことや、自前で持っていた印刷機を小高の自宅から持ち出すことができなかったことから、再刊にこぎつけたのは8月下旬でした。ところが折り込むべき「赤旗」は、小高で500部ほどあったものが、ゼロです。先輩党員から「仮設住宅に配布できないか。」提言され、それぞれの仮設に入っている方の協力で配布してきました。市役所職員には、小高にゆかりのある職員だけの配布で勘弁してもらっています。最大時発行数は2,450枚。現在は800枚に減っています。紙代は、たくさんの方のカンパに支えられました。配っていただいて、読んでいただいて、ありがとうございます。

※ 1分間に130枚を印刷できるすぐれものの現在の印刷機は2台目です。3年前に定価84万円を34万円まで値切って購入したものです。このような買い物にチイ子さんはモンクや愚痴をいっさい言ったことがありません。本当です。ほんとだってば。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

最新記事
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
フリーエリア2

検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示