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なじょしてる通信第570号 9月8日付

   

No.570 2019年  8日発行 

日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告

 小高区耳谷小泉23 渡部寬一

携帯 090 2993 1471 メールアドレス qqkh4649n@drive.ocn.ne.jp

 

 

 

 

6月議会での

寬一一般質問

私の一般質問は、6月20日に行いました。

市民のくらしと生業を

なんとしても取り戻せ!

 

ⅰ 「2020年度をもって復興創生期間終了」はダメですと迫れ!

①全ての被災者支援策を終えようとしている。全市民がくらしと生業を完全に取り戻すまでは、支援策を継続せよと国・県に強く求め、実現させるべき。

【質問】 小高区に69歳になる男性が単身で帰還をしております。先日お会いしました。

不安があっても、単身でも戻ることを決意したのは、被災者支援策があったからだそうです。最も頼りにした支援策は、旧避難指示区域の安心通報システムでした。

システムの本体、遠隔通報ボタン、フラッシュライトが貸与され、受信センターでは24時間365日体制の監視をしていただいております。緊急時には警察や消防に瞬時に通報ができることなどがあります。

その男性から参ったと吐露をされました。市役所から通知が来たと。2020年度で事業が終了する。引き続きこのシステムを利用したい場合は警備会社と直接契約をして、月額2,000円を負担しなさいというものです。

これでは高齢者だけではなく、南相馬市に戻った人の多くはまだまだ不安な生活を送ることになってしまうというものでした。

大震災原発事故から10年を経過すれば、東京から見れば震災原発事故前の当たり前の生活に戻っていると思われているのでしょう。南相馬市は、市長はそう思っていませんが、国はもう終わりだと考えている。

この事業の財源は国からの被災者支援総合交付金によるものなのです。

この交付金のみならず、生活活動のさまざまな、あるいは農業、工業、商業のさまざまな支援策が2020年度東京オリンピックをもって全て終了となってしまいます、このまま黙っていれば。

小高区はもとよりですが、原町区も鹿島区も以前の暮らし、以前のなりわいが取り戻せずに苦しんでおります。南相馬市に戻ってくることが困難になるばかりか、南相馬市の復興のためにも人口の流入を図ることも、これも困難になってまいりました。

旧避難指示区域に限らず、全ての市民の暮らしとなりわいを完全に取り戻せるまで国は責任を持って支援策を継続するべきであります。

市長は先頭に立って継続を国、県などに強く求め、実現をさせるべきです。

【答弁:復興企画部長】 国では、本年3月に復興・創生期間における東日本大震災からの復興の基本方針を見直し、その中で、福島の復興・再生は中長期的対応が必要であり、復興・創生期間後も継続して国が前面に立って取り組むとしており、また、復興庁の後継組織についても、政治の責任とリーダーシップのもとで東日本大震災からの復興を成し遂げるための組織を置くと明記をいたしました。

 本市は、これまでも市民が安全・安心に住み続けることができる環境を取り戻すまでは、財政支援も含め国が責任を持って取り組むよう強く要望してまいりましたが、今後もさらに要望してまいる考えでございます。

【再質問】 私は先ほど県にも強く求めろとお話をしました。それにはわけがあるのです。

仮設住宅及びみなし仮設住宅と言われました民間借り上げ住宅が今年の3月末をもって全て終了をいたしました。

国は、実はですね、国はもう少し期間を延ばすことも必要かと考えて、福島県の出方を待って構えていたそうですが・・・、とうとう福島県から「継続してもらいたい、延長してもらいたい」という要請がこないままだったと、きちんとした筋から伝え聞いております。

福島県の姿勢にも問題があるのです。県にも現実と向き合っていただいて、県民、市民に寄り添ったさまざまな支援策をきちんと継続実施するように強く求めていくべきであります。

もうこの部分については終わったことではありますが、ここの部分については取っておいたとしても、県は必ずしも向き合っていない部分がありますから、県にもきっちり伝えてもらいたい、求めていただきたい。こういうことであります。いかがでしょう。

【答弁:建設部長】 仮設住宅の主なる窓口は県であります。県としては、復興公営住宅の整備等々がされたことによって終了に至ったと考えているようでございます。

 今後も県としましては、入居者の意向に応じた生活再建につながる支援に取り組むように考えているようでございます。

 なお、先ほど議員が言われたように、市としても被災者の復興を最優先と捉えるためには、県及び国に対して財政支援を含めながら強く要望してまいりたいと考えておりますので、今後とも要望活動を続けていきたいと思います。【以下、次号に】

 

 

 

 遅くなりましたが、8月9日、長崎市の平和式典で市長がおこなった「長崎平和宣言」の一部をぜひ紹介したいと思い、以下、記載いたします。お聴きになった方もあろうかと思いますが。

田上市長の「長崎平和宣言」

目を閉じて聴いてください。/ 幾千の人の手足がふきとび/ 腸(はら)わたが流れ出て/ 人の体にうじ虫がわいた/ 息ある者は肉親をさがしもとめて/ 死がいを見つけ/ そして焼いた/ 人間を焼く煙が立ちのぼり/ 罪なき人の血が流れて浦上川を赤くそめた/ ケロイドだけを残してやっと戦争が終(おわ)った/ だけど……/ 父も母も もういない/ 兄も妹ももどってはこない/ 人は忘れやすく弱いものだから/ あやまちをくり返す/ だけど……/ このことだけは忘れてはならない/ このことだけはくり返してはならない/ どんなことがあっても……

 これは、1945年8月9日午前11時2分、17歳の時に原子爆弾により家族を失い、自らも大けがを負った女性がつづった詩です。自分だけではなく、世界の誰にも、二度とこの経験をさせてはならない、という強い思いが、そこにはあります。

 原爆は「人の手」によってつくられ、「人の上」に落とされました。だからこそ「人の意志」によって、無くすことができます。そして、その意志が生まれる場所は、間違いなく、私たち一人ひとりの心の中です。

今、核兵器を巡る世界情勢はとても危険な状況です。  【以下、略】

 

 

 

 

寬一 一般質問

 10日10時から

6月議会の一般質問登壇者は12議員です。

私の質問順は、9月10日10時からです。

私の質問通告の内容は、

⑴ 学校給食費の無料化実現を

⑵ 猪・猿を何とかして。国と東電に責任を持って対応させよ。

 

 

「拝んでもらったら」の助言も?

9月議会の調査や準備で忙しい中、母が重傷を負ってしまいました。転倒で頸椎も骨折してしまい、頭から上半身までをガッチリと固定された状態で入院しています。認知もあってじっとしていないことから、家族等で付き添いをしなければならず、あっぱとっぱしています。私の尿路結石に始まってチイ子さんの病気、今度は・・・・。神様を信じたことはないのですが、試練を与えたもうているようです。水田畦畔の草刈りどごでねぇぐなっています。

ツバメはまだ南には行っていなかったです。巣のある住宅周辺にはあまり寄らなくなっていただけでした。

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プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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