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なじよしてる通信 №209

  №209 2011年 9月17日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部一
℡(当面)26-5002  携帯 090 2993 1471


9月補正予算 9億3千万円を追加
 9月8日から始まった「9月定例議会」に提案されているのは、議案21件(条例関係5件、決算関係4件、予算関係11件、その他3件)です。
 一般会計補正予算では原発災害対策、公共施設の災害復旧などの災害関連第6次補正予算が中心です。また、当初予算を見直し、その財源を活用するために予算の調整をしています。
 補正額1億6,213万円を追加し、歳入歳出総額を469億912万円にするとしています。

環状1号線2億円実質見直しせず  小高区の当初予算は、執行できないものが多く、全額をゼロにする補正予算が多くなっています。また、陣ヶ崎公園墓地整備、テニスコート増設事業などは不急の事業であること等から見送り、全額をゼロに補正しています。
 一方、不要不急、ムダの象徴といえる『環状1号線整備』2億750万円は、内容を組み替え、借金を増やしてそのまま事業を執行するとしています。

9月補正予算 主な予算は 
・私立保育所線量低減化等補助 1,179万円
・私立幼稚園線量低減化等補助 850万円
・除染活動アドバイザー事業 148万円
  放射線の専門家から指導、助言を受ける。
・各施設線量低減化等事業 6,030万円
  道路除染200㎞、社会体育施設12ヶ所、鹿島まごころセンター。
・社会体育施設表土改善事業 4,541万円
  夜の森テニスコート等7ヶ所。
・臨時小中学校開設事業 5,880万円
  原町区から鹿島の小中学校への送迎バス運行経費。
・震災農業生産対策補助 2,213万円
  JAそうまカントリーエレベーター修繕。
・被災農家経営再開支援補助 5億5,159万円
  農地等の復旧作業経費支援補助金。
・震災特別資金信用保証料補助 2,500万円
  震災、原発の影響で件数増加に対応する。
・災害復旧17事業 13億4,423万円

※ 以上は、いずれも原町区と鹿島区にかかわる事業予算です。
  以下は、小高区にもかかわる予算です。

・家畜一時飼養所整備事業 518万円
  警戒区域で被曝した家畜を調査研究のため一時飼養する施設整備。
・災害関連広報活動 1,138万円
  避難世帯などへ災害関連情報を発送。
・老人ホーム避難入所委託 1,145万円
  市外避難先での養護老人ホーム等入所。
・市内避難所運営経費 7,811万円
・教育委員会災害救助関係 1,535万円
  市外避難所用スクールバス借上げなど。
・仮設住宅浄化槽維持管理 721万円
・原発災害廃棄物処理対策 5,986万円
  クリーンセンターのバグフィルターを放射性物質を取り除くものに交換。

なじょしようもなかったその日 ②
 3月11日夕刻、福浦小学校に避難している情報を得、急行しました。安斎校長先生が陣頭指揮を取り、避難者の対応をしていました。子ども達の安否を何よりも心配し、確認も急いでいました。
 後ほど分かったことですが、福浦小学校、幼稚園の子どもたちは、一人も津波での被害者は出ませんでした。
 6号国道のガレキを踏み付けながらも、区役所に行き来しました。下蛯沢の会場付近で発見されたご遺体は、井田川の山岸さんなどに確認してもらいましたが、どなたなのか判明しませんでした。
 深夜から夜明け前まで、車の中で仮眠。

なじょしようもなかった次の日
ヨウ素剤 ついに服用せず
 小高町議会で私は、再三にわたって原発事故に備えて甲状腺癌を少しでも予防するための、ヨウ素剤を配備することを主張し続けてきました。しかし、国、県、電力会社の姿勢がこれを拒んできたのです。
 原発事故は起き得ない。万万が一に事故があっても、重大事故は絶対になく、原発から10㎞の範囲での防災計画と、それに付随する10㎞圏内住民分のヨウ素剤の配備で事足りる、と言うものです。
 小高町の南端から東京電力福島第一原発までは、直線距離9.7㎞です。小高町は10㎞の範囲に入るではないかと主張しました。
 町の答弁はきまって、「県に問い合わせても、おおむね10㎞であり、小高はおおむね10㎞の範囲ではない。国、県からはなんの援助も指導も受けられない。」というものでした。
 ようやく、江井町長の町政誕生の1998年に、防災計画に原発事故を盛り込み、ヨウ素剤の配備をする大きな決断をしたのです。

 小高町でのヨウ素剤は、1万4千人全町民1週間分を町立病院に保管し、さらに各小中学校と幼稚園に児童生徒1回分を配備・保管することになりました。
 1999年JCO臨界事故後に現地調査をした私は、ヨウ素剤は全世帯に配備保管し、万一の時には、防災無線で服用を指示するべきことを痛感し、このことを主張しました。しかし、これは実現できないままとなりました。

 3月11日、津波の被災者は、小中学校、高校と文化会館、区役所に避難して一夜を過ごしました。旅館組合から、ありったけの布団などを提供してもらいましたが、大変に寒い夜で眠れない方が大半でした。
 布団、毛布が全く足りない事態に「無事だった市民に提供をお願いするように防災無線で呼びかけろ。小高の市民を信じろ。」と私が提言しました。程なく、区役所前に布団、毛布を載せた車の行列ができました。我が市民は、困難な事態になっても決して混乱などしないことを確信しました。わが身だけを案じてパニックなどにはなりません。

 12日、テレビで報ずることをつなぎ合わせると、重大な原発事故を察しました。いわきナンバーの車(隣の浪江町以南は、「いわきナンバー」。)がどんどん北上している事実からも察しられました。
 「ヨウ素剤の服用を要すること。」「少なくとも、配布する準備を急ぐこと。小高区にはヨウ素剤がありす。」を小高区災害対策本部に強く進言しました。
 昼前、県を名乗る男が段ボール箱に入ったヨウ素剤を届けていきました。どのような事態なのか伝えないどころか、配布、服用の指示・指導すらしないままでした。
 昼直後、今度は国?(オフサイトセンターと名乗ったように聞こえました。)が、段ボール箱に入ったヨウ素剤を届けていきました。これも、ただ単に届けていったに過ぎませんでした。
 何も具体的情報が入らないままで小高区役所長は、困難な判断を迫られていきます。ヨウ素剤服用には、医師の指示が必要です。10㎞先の市役所にいる市長にも連絡が取れません。

 ヨウ素剤を誰がどうやって小高区民一人ひとりに配布するのか、服用の仕方をどうやって伝えるのか、誰の責任で服用を指示するのか。困難です。やっぱり全世帯に配備・保管を実現しておくべきだったと悔やみました。
 夕方近く、小高区役所長はヨウ素剤配布を決断します。しかし、最低でも市長の支持(指示?)を求めなければなりません。
 私は、市長を説得するために、居合わせた志賀議員に同行を求めました。せわしくも次々に指示をしている市長を捉まえ、手早く状況を伝えました。市長は、小高区にヨウ素剤があったことも、国、県からヨウ素剤が届いていることも知らないままでした。
 「私が服用を指示したことで、罪に問われることは無いか。」と心配する一幕もありましたが、私は「市長には服用の指示権はない。しかし、罪に問われるようなことになれば、市民は許さない。」と断言しました。
 市長は時間をおかずに了解し、何とかつながる事ができた衛星行政無線通信で、小高区役所長に配布・服用を指示しました。
 停電が多く、真っ暗の道を小高に帰り急ぐ車の中で、私と志賀議員の耳に入ってきたラジオの声は「20㎞圏内の住民避難指示」でした。小高区役所には、まだ「避難」の情報は届いていませんでした。
 私たちが区役所に戻った時は、集落ごとに区分けした安定ヨウ素剤を前にして、決死の配布隊員に選ばれた市職員が、自らヨウ素剤を服用して最後の打合せをしていました。
「避難」を伝えると同時に、避難広報と、避難誘導に全区役所員が立ち上がりました。
ヨウ素剤配布は・・・・。
・・・・・・
 あの場面でも、それでもヨウ素剤を服用させるべきだったのではないかと、今でも迷い悩やみ、悔やんでいます。
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プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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