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なじょしてる通信 №213

№213 2011年10月15日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部一
℡(当面)26-5002  携帯 090 2993 1471


小高病院なくす 既定路線か! 前号で、小高病院を無くしてしまう「地域医療再生計画」が福島県に提出されていることを報じました。
 でも、この計画は今後の協議で撤回させることもあると思っていました。
 しかし、そんな生易しいことではないことが分かってきました。

最初からあきらめ
 10月7日に開かれた議会全員協議会で示された「南相馬市組織機構改革(素案)」の中で、『病院の再編』の項があります。
 そこには「小高病院については、地域の実情及び医療スタッフの確保等を考慮すると、単独での再開が難しい状況になっていることから、総合病院と統合します。」と明記されています。
 小高病院をなくし、小高病院の99床のベットは市立総合病院に召し上げると言うものです。 
 「警戒区域である」、「警戒区域が解除されても戻る住民が少ない」、「医者がいないのだからしょうがない」の前提に立った、あきらめの方針、小高を突き放す方針です。

小高に戻る環境つぶし 
 このまま原発事故が収束すれば、いずれ小高区の警戒区域は解除されると思います。
 しかし、解除されても小高区での生活が、簡単にもどるわけではありません。
 生活圏や土壌、地下水などの詳細な放射能汚染調査と除染、上下水道や電気のライフライン、湛水防除施設等々の復旧が必要です。
 同時に、医療や教育環境を以前に戻していくことが不可欠です。
 小高病院を再建することは、絶対に欠かすことのできない戻るための条件整備です。

;">「小高病院なくすな」の声を大に 病院を無くさないためには、全ての小高区民が、声を大にすることです。

その上 小高区役所大幅縮小
 「南相馬市組織機構改革(素案)」では、区役所の再編にも乗り出しています。
 これまでの地域振興課、税務課、市民生活課、健康福祉課、産業課、建設課と地域教育課の7課体制から、地域振興課、市民福祉課、産業建設課の3課にしてしまいます。
 区民に寄り添ったきめ細かな行政対応ができなくなる心配があります。そして、多くは「本庁に行って下さい。」になってしまう恐れが強いものです。
 震災・原発事故から「住民の命とくらしをどう守るかの道」からは、ほど遠いものです。
 震災・原発事故に便乗した「市民泣かせの市政」を歩もうとしています。
 とんでもありません。

一の一般質問
 私の一般質問は、9月13日に行いました。内容の要旨の続きです。
戻れることを確信できる
 警戒区域の復旧・復興計画を

【質問】警戒区域は
 警戒区域の対策が、南相馬市全体のものになっていない。執行部全体のものになっていない。一部の部署に方針も対応も任せきりになっている。
【答弁】各部署の調整をしながら進めている。
【質問】それが見えていない。

警戒区域の復旧は(排水対策)
【質問】湛水防除施設、河川などの復旧を急ぎ、排水対策を整えておくことが重要だ。井田川は大正時代以前の「浦」以上の湛水状態となっており、その上流部も湛水状態に今現在ある。
 警戒区域にあった5箇所の湛水防除施設は、津波で甚大な被害を受けた。壊滅状態のものもあるが、復旧が可能ではないかと思われる施設もある。
 復旧可能な湛水防除施設を、早急に復旧すること及び、壊滅となった施設の代替施設の建設にすぐにでも着工することが求められる。
 このことをぬきに、他の復旧にも手が出せないことが多い。
【答弁】排水対策を国、県に何度も求めているが、対応されていない。
 早急な対応が必要なので、国、県に引き続き要請していく。

警戒区域の復旧は(住宅・宅地)
【質問】津波で多くの集落、住宅が壊滅した。従前居住地に住宅を再建することは防災上困難であり、先の臨時議会で、災害危険区域の指定をした。
 この指定は、スタート台に過ぎない。
 詳細な指定地をどこにするのか。集団移転先をどこにするのか、従前居住地の買い上げ価格はいくらになるのか。移転先の土地価格はいくらになるのか。公営住宅の建設はどうなるのか。これらは同時に、速やかに協議が進まなければならない。
 警戒区域の方々に、いち早く示していくことが必要だ。
 今すぐに具体的協議を始めることが必要だ。
【答弁】地元行政区と十分協議を重ねていく。

【質問】警戒区域の方は、戻れないのではないかとの不安が強くなっている。自分たちが戻れるところがあるということをきちんと伝えていくことが必要だ。
《以下、次号に続く》

なじょどがしたい 3月15日
 3月15日早朝、会津若松市のチイ子さんの実家から、平田議長とともに南相馬市に戻った。
 帰市途中で聞くNHKラジオからは、とんでもない地震と津波、原発の事故があったのにもかかわらず、クラシック音楽が悠長に流れている。
 深刻な事態が近づいていることを予感した。

 午前11時からの菅総理大臣の国民向けメッセージ、引き続いて枝野官房長官メッセージは、役所建設部のテレビで視聴した。
 20~30㎞圏内は「屋内退避」の指示。しかし、メッセージの最後に「距離が離れているほど、影響は少ない。」と言っていた。避難命令ではないものの、避難すべきことを暗に言っている。
 このときから、南相馬市の避難大作戦は始まった。

 午後1時から議会全員協議会のはずであった

 が、14名しか集まらない。出てきた議員も、それぞれの対応と暗に示された避難指示で、浮き足立っている。若干の状況を報告しあっただけで、解散。

 この日は、どこで寝たのか。
 41人所帯のチイ子さんの実家に、当座の灯油と食料を運んで泊まったのか。
 平田議長宅に止まったのか?
 ノートの記録は無い。記憶は飛んでいる。
 手帳には後日記載したと思われる「小高区役所泊」とあるのだが、信じがたい。
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プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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