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なじょしてる通信 №228

№228 2012年 2月19日発行 
日本共産党 南相馬市議会議員 議会報告
 小高区耳谷小泉23 渡部一
原町区北新田本町98-4新田ハイツ2号 携帯 090 2993 1471


高齢者・高齢者世帯 悲鳴!
 市民が徐々に戻ってきています。2月9日現在の市内居住者は、仮設住宅や民間借上げ住宅居住者を含めて43,494人になりました(市外避難者21,978人、転出・死亡等6,089人)。
 それに伴って居宅では生活できない高齢者も増えています。避難などで介護度が高くなってしまった方、狭い仮設住宅の中で居宅介護が困難な方が、どんどん増えています。
 一方、入所できる老人福祉施設は、津波被害と原発事故のために老人保健施設(ヨッシーランド)が100床、グループホーム(ヨッシーⅣ、おだか)36床、特別養護老人ホーム(梅の香)50床が閉鎖されています。また、療養型病床があった小高病院や、小高赤坂病院も閉鎖されたままです。
この間増えたのは、鹿島区のグループホーム9床だけです。

入所待機者1,100人 
 特別養護老人ホームや老人保健施設などへ入所を申し込んでも、満員なので待ってもらっている方が、11月30日現在で1,100人に及んでいます。
 複数の施設に重複して申し込んでいる方もあるので、実数はもう少し少なくはなると思います。それこそ多くの方が、入所を待ち望んでいます。
 高齢者入所施設の新設・増床は緊急を要します。市は、実数をつかむとともに、対策を急ぐべきです。

万葉園等増床を計画
 現在、鹿島厚生病院付属の老人保健施設:厚寿苑が42床、原町区の特別養護老人ホーム:竹水苑が40床の増床を計画申請しています。また、特別養護老人ホーム:万葉園が30床の増床を検討中です。
 一日も早い増床が望まれていますが、これで事足りるものではありません。

一の一般質問③
 私の一般質問は、12月8日に行いました。内容要旨の続きの続きです。
Ⅱ 市長の政治姿勢に疑問
1.震災見舞金では
条例改正せず 要綱で?
【質問】 南相馬市は、全国から寄せられた義援金の配分に当たって、国、県の配分基準に翻弄された。
 原発からの直線距離にこだわる県、国に対して、南相馬市の被災・避難の実態は、南相馬市全域にかかわるものだった。
 県、国は、原発から30㎞圏外は義援金の配分外にしてしまい、その対応として南相馬市は、市の予算から見舞金を贈った。
 この予算化については議会で承認されたことであり、今さら良し悪しは言わない。問題は、見舞金を予算化する場合の根拠だ。
 「南相馬市災害見舞金等支給条例」には、今回の義援金に相当する見舞金を支給するための規定はない。見舞金は条例に基づくものでなければならない。
そうせずに、「見舞金支給要綱」の告示行為としてしまったのはなぜか。
【答弁】迅速に対応するために、要綱を制定した。

【再質問】 迅速は必要だ。しかし、「要綱」は本来「内部規律」であり、見舞金支給のためとは言え、甚だ疑問だ。
 さらに問題なのは、条例も要綱もない中で予算化して可決してしまった。混乱していた時期とは言え、お粗末であった。
【答弁】違法ではなかった。

【再々質問】見舞金は財政調整基金を取崩して、一般財源から支給した。この財源補填を国に求めていくとしていたがどうなった。
【答弁】国、県に求めているが、まだ回答がない。

2.市長の公務出張は
【質問】 市長は、大震災と原発事故後の対応で、ありとあらゆる難局に対して先頭に立って奮闘している。しかし、度を越えている。
 震災以降の出張は、4月は2回・2日、5月は5回・9日間だ。避難所訪問、福島市役所出張所協定締結など、必要不可欠の内容だ。
しかし、少し落ち着いてきた6月以降は様相を異にしている。6月4回・11日間、7月は5回・5日、8月6回・10日間、9月になりますと10回・15日間、10月は9回・13日間、11月は22日までの情報ですが6回・12日間に及んでいる。
 後半は、月の半分を出張している。その内容は、後半出張日数の約半分が、市長が講師となっての講演、シンポジウムなどだ。非常時にある市民から見れば、必要不可欠とばかりには見えない。
 留守中の市政執行、危機管理に不安がある。このような状況で、市政対応は大丈夫なのか。
【答弁】常時連絡が取れる環境にある。

【再質問】 出張が多く、細かい指示ができないが、任せない。問題があると、愚痴と言い訳になっているのではないか。
【答弁】全く問題ない。

3.市長の災害対応に疑問
【質問】 大災害に対して、国、県、東京電力の対応が遅い。情報を出さない。当事者責任を果たさない。私共も市長もくやしい思い、歯がゆい思いをしている。市長は国、県、東電にそのつど強く抗議し、要望・要求していることは当然だ。
 問題は、そこで終わっていることだ。除染スタートが遅い、線量系の配布も遅いなど、数多くある。
 国、県の対応が遅ければ、市民の命とくらしを守るためには、市が率先して対応すべきだ。しかし、そうはなっていない。
国が悪い、県が悪いだけで止まってしまっている。
【答弁】 できるだけのことはしている。
【質問】 私の最後の質問に、あくびをしていた市長に抗議して質問を終わる。

涙もろいのは 年のせいだけではありません
 プレゼントされていた赤いカーディガンを着、赤いマフラーを巻いて2月11日、福浦中学校1967年度卒業還暦同級会に参加してきました。涙がこみ上げてきたのを抑えるため、大声での幹事代表の挨拶になってしまいました。
 1次会を終え、2次会を終え、宿の部屋に行っての?会を終えたのは、午前4時半でした。それも影響してか、14日から風邪をひいています。

(恥ずかしいのですが記録に残すべきと思い)
幹事代表あいさつ全文
 3月11日の地震・大津波で、同級生の西川秀行君が亡くなってしまいました。
 重いリュウマチを克服し、誇りを持って事業と農業に取り組んでいたのに。残念でなりません。
 同級生の家族、肉親も津波で多くが犠牲になっています。
亡き志賀卓雄君のお父さんとお母さん。
旧姓佐藤・鈴木ひかりさんのお父さんとお母さん。
小野田聖一君のお父さんとお母さん。
内城 守君のお父さん。
旧姓松本・伊藤せつ子さんのお母さん。
志賀孝行君の奥さん。
島 義夫君の妹さん。
旧姓山口・安楽京子さんのお兄さん。
里見順子さんの弟さん。
只野和男君のお兄さん。
が犠牲になりました。 さらに、みなさんにつながる多くの友人、知人、親戚が犠牲になられたことと思います。
 これらの方々と、併せて、震災前にお亡くなりになっている 私達の同級生、渡部美津子さん、広畑ひろし君、菊池富士友君、松本和枝さん、沢藤あや子さん、志賀卓雄君、酒井清正君に対して、黙祷をいたしたいと存じます。
 大震災で犠牲になられた方々と、今は亡き同級生に対して  黙祷。

 私達の故郷「福浦」は、津波で大きく破壊されたばかりか、その後の原発事故で避難を強制されることになりました。
 いまだに収束していない原発事故のために、不自由な苦しい生活、家族バラバラの生活を余儀なくされています。故郷を離れて生活していた仲間のみなさんも、帰るべく家がありません。
 このような状況の中で、還暦の同級会を開催することを躊躇しておりました。しかし、両親を津波で亡くした「小野田聖一君」から、『こんな時だからこそ、仲間が集い、励ましあい、絆をさらに深めることが必要ではないか。ぜひ開催してくれ。』と、勧められました。
 その言葉に甘えて、本日の運びとなりました。

 学び舎、福浦中学校卒業から44年、還暦を迎えました。
干支(えと)いわゆる十干(じっかん)十二支(じゅうにし)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ることを還暦と言うそうですが、かつては、人生の終着点に来たことの意味もあったようです。
しかし近年は、還暦を第二の人生の出発として祝う「還暦式」と呼ばれるものが行われ始められているそうです。
 私たちは今、第二の人生の出発点に立ちました。
今の困難に負けることなく、無理をせず、健康に留意して、仲間同士励ましあって、生きて行きたいと思います。
 本日は、心ゆくまで旧友を温めあっていただくことを願って、幹事を代表してのあいさつといたします。
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プロフィール

watanabekaniti

Author:watanabekaniti
▼1953年(昭和28年)
耳谷生まれ 57歳。
相馬農業高校農業科、福島農業短期大学農業科卒業
▼資格 農業改良普及員。 
▼福浦農協、小高町農協、そうま農協で営農指導員として勤務し、4年前に退職。
▼1972年豊かな農村を創りたいと願い、日本共産党に入党。
小高町連合青年団事務局長 
県農協労連副委員長を歴任。 
▼町・市議会議員30年。

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